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江戸に開いた花菖蒲



人形制作の片手間に、花菖蒲も作っています。
個展においでくださったお客様の間から、
何か記念に変えるものが欲しい・・・
というご要望にお答えすべく、
小さな鉢植えも作っています。
明治期のものと思われる資料を、
江戸時代に作られ今も残っている「堀切菖蒲園」にお住まいの方からちょうだいし、
それをもとに作っているものです。


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   いずれもサイズは、
   花菖蒲の部分が30ミリほどです。→
   これは「古花・仙川(こか・せんかわ)」


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←「古花・竜田川」
花器もすべて、浮世絵に実際に描かれているものを、
立体に再現しています。

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         「これは「かきつばた」
         花菖蒲とは異なります。




花菖蒲は自生するノハナショウブをもとに、
江戸時代の前期からすでに改良が始められていました。
時代が移ろい、幕末近く天保から弘化年間(1830~47年)ころには、
盛んに改良されるようになりました。


その改良に大きな貢献を果たしたのが、
旗本の松平定朝左金吾、のちに自らを松平菖翁と名乗った人物です。
菖翁は父の意志をついで、その生涯を花菖蒲の改良にかけました。
京都町奉行にまでなった人物ですから、けっこうなオエライさんだったわけです。
なんと84歳までご長命でいらしたようです。
その改良の状況記録が10冊ほど残されています。



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            「堀きり花菖蒲」 三代豊国・二代広重画
            当時、堀切菖蒲園は、こんなに広かったのですね!!






さて、花菖蒲は園芸上、
「江戸系」「伊勢系」「肥後系」と、大きく3つに分けられていますが、
これは江戸時代後期、改良が盛んに行われていたころに、
各地で改良が行われたものが、現代に引き継がれているものです。



「江戸系」は尾張藩主、徳川光友が江戸屋敷に各地の花菖蒲を栽培させたのが始まり。
庭や水田などに群植されるもので、
地植えで鑑賞しやすいように丈は高く、
群生して美しく見えるように花は中輪が多い。
また日興や風雨に強く、
花は色が鮮やかなものが多いというものです。



「伊勢系」は紀州藩主吉井定五郎が、
江戸花菖蒲を伊勢松坂に持ち込んだところから始まったとか。
鉢植えとして改良され、繊細で花振りは小さく、
色は淡く花弁はおおらかに垂れて女性的なのが特徴。
「肥後系」も鉢植えにして、室内で鑑賞するものとして改良されています。
こちらは男性的なのだとか。
というのも花容は雄大で花色は鮮やかで、丈が低く、
観賞用として競い合ったといわれます。


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まさに江戸時代、特に後期は園芸ブームに沸き、
投機的にも使われた植物は、
やがてバブル経済をもたらすことにもなりますが、
この話はまたの機会にお話いたしましょう。
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by edo-ukiyo-doll | 2009-05-02 18:26 | 江戸歳時記 | Comments(0)