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江戸のきのこ


なにが好きって、秋にはやっぱりきのこです。
海まで40メートル、山まで100メートルのところで生まれ育ちましたので、
海の幸と山の幸で、食いしん坊になってしまいました!
秋にはかごいっぱいのきのこが、とても懐かしいです。

きのこ・・・といえば、いまは松茸一辺倒の風がありますけれど、
江戸ではあまり松茸が採れませんでした。
かろうじて、上州大田の金山(かなやま)が、旧暦8月8日から、
「お留山」となって、将軍家へ献上の松茸を収穫します。
その松茸をかごに入れ、琉球の畳表でくるみ、紺の染麻でしっかりくくると、
さらに封印をし、「御松茸御用」と言う札を先頭に、宿から宿へと人足を換え、
いわゆる「宿送り」をして、昼夜走りぬき、江戸城へと届けられました。
なんとその松茸は、十万石大名並みの扱いだったとか・・・。

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そんなですから、江戸では松茸はとんでもなく高価でした。
きのこもまた「江戸の初物四天王」のひとつですが、
現代の絶大な人気の松茸ではなく、
ふんだんに採れる「初茸」に人気がありました。
初茸の画や写真がなくてゴメンナサイ。
松茸のような強い香りはなく、もっとおだやかな繊細な香り。
秋の山の香りがします。
傘の大きさはせいぜい握りこぶし程度。
傘は開いていて、裏にはきれいな細かいひだがあり、
傷をつけると、その部分は藍色に変色します。
もろいので丁寧に扱います。

江戸では「初茸売り」が来ましたが、
京坂にはいなかったそうですし、
上方では、初茸はあまり採れなかったようです。
江戸の近郊の名産に、下総国葛飾郡(しもうさのくにかつしかこうり)
小金の「初茸」がありました。
現代の千葉県松戸のあたりです。


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芭蕉の句に「初茸やまだ日数経ぬ秋の露」というのがあって、
秋に入ってまだ何日もしないのに、初茸が生え、朝露を帯びているよ
と言うほどの意味ですから、初茸は盂蘭盆会の頃にはもう出ているようです。
関西蕉門の中心人物の向井去来には「松茸に相生の名あり嵯峨よし野」というのがあって、
ん~~、やっぱり、松茸は西のほうに多いのかと思わせます。

初茸は直火に網をかけ、傘を下にして網に載せたら、軽く塩を振って焼きます。
ひっくり返して軸を転がすように軽く焼き、そのままお椀に入れ、お湯を注ぎます。
しばらくすると、上品な香りと、えもいわれぬほのかな甘さが、
鼻を舌を、秋で満たしてくれます。

子どもの頃は、初茸をたくさんいただきました。
子どもながらに、これはおいしい! と思ったものです。
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by edo-ukiyo-doll | 2010-10-01 19:15 | 江戸の食べ物 | Comments(0)