おのおの方、討ち入りでござる。

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3代豊国画「仮名手本忠臣蔵・十,十一段目」



時は元禄15年、12月14日・・・・
みなさまご存じ(ご存じない方もおいでですね)、
赤穂の浪士、吉良邸討ち入りの日です。
この時期になりますと、ときどき
「雪を踏みしめサク、サク、サクサクサク・・・・・」
とつい口をついて出てしまいます。


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3代豊国画「於加留」       

国芳画「5段目・定九郎、勘平」



『忠臣蔵』という話に惹かれるのは、
あだ討ち物が好きなわけでも、討ち入りにワクワクするわけでなく、
四十七人それぞれに物語があり、
彼らを取り囲む人間模様、大工の娘から将軍まで、
またそれぞれに人生があり、
それをスパッと切った断面を見せてくれるからなのです。

古い映画で『グランド・ホテル』というのがあります。
「ホテルには100の扉、ひとつの廊下があり、部屋の数だけ物語がある」
映画の中で、そう語られます。
『忠臣蔵』または『赤穂浪士』の魅力は、まさにそこにあります。
あるいはアガサ・クリスティーの『オリエント急行殺人事件』。
容疑者一人ひとりの人生が描かれ、そして静かに、
殺人=討ち入りへと、突入していきます。



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北斎画「浮絵・忠臣蔵夜討之図」


みなそれぞれに、悩み、苦しみ、惑い、ほのかな希望を持ち、挫折し、決断を迫られ・・・・
人間とはかくも愛おしいものなのか・・・・
長い間に話は誇張され美化され、事実とはかけ離れたかもしれません。
たとえば、寺坂吉右衛門は四十七士に入れないという説もあります。
彼は吉田忠左衛門の足軽でしたので、武士ではありませんでした。
遁走されたといわれ続けていましたが、
大石内蔵助の命を受け、瑶泉院に報告し、83歳で没するまで、
遺族たちのために奔走し続けたとも解釈され、
池宮彰一郎の『最後の忠臣蔵』に描かれます。

またこれも、逐電されたとされる赤穂藩国家老・大野九郎兵衛も
悪人扱いされ続けてきましたけれど、
いやいや、実は・・・・
かれもまた、大いに注目すべき人物でしょう。
天野屋利兵衛にいたっては、この人を中心に、
赤穂浪士の話を作っても面白そうです!


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国貞画「大橋力弥」




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国貞画「堀部弥兵衛と安兵衛」





吉良邸跡や泉岳寺に詣でる趣味はありませんけれど、
四十七士に関係した人々もまた、とても魅力的です。
今のところ、吉良邸討ち入りの日、蕎麦屋の二階に集結したとされますが、
果たしてこの頃店として蕎麦屋があったか・・・疑問です。
そんな、さまざまな興味を投げかけるこの事件は、
いつの世にも人間の普遍性を内包して、
人々を惹き付けるのでしょう。
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by edo-ukiyo-doll | 2010-12-14 19:34 | 江戸歳時記 | Comments(0)

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