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涼風に風鈴

「涼風」・・・
「りょうふう」とも、「すずかぜ」とも。
いい響きですね。
さ~~っと涼しい風が入り、
軒下の風鈴が「ちり、ちり~ん」と鳴る。
近年廃れたと思われていましたが、
節電、いえ省電元年の今年、すだれとともに、
ふたたびあちらこちらに出現しています。

江戸時代に、もちろん風鈴はありました。
でも一般に普及したのは、案外遅く、
江戸時代も後期近くになってからでした。
素材としては、鋳物、陶器、ガラス(ビードロ)なんかですね。

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この浮世絵の女性が持っている風鈴は、
現代では見たことがありません。
おそらくは陶器ではないかと
思われます。
こんな凝った風鈴が
作られていたのですね。





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初期のころの錦絵にも、
すでに現代のカタチと同じ風鈴が。
このカタチはやっぱり
風鈴の基本なのですね。

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風鈴は弥生時代の銅鐸(どうたく)がルーツともいわれ、
これは祭事用のものでした。
やがて中国では竹林の中に、風鈴を下げて、
吉凶を占うものとして用いるようになります。
これがのちには、家の四方に下げて魔除けとしました。
そして遣唐使によって、仏教とともに日本に伝えられ、
日本では寺院の四隅にこれを下げ、
「風鐸」と呼んで、
音で魔物の侵入を防ぐ意味を持たせます。
今でも下がっている寺院がありますね?
中世に貴族たちもまた、軒下に下げて、
疫病神の侵入を防いだそうですよ。


全国各地に、風鈴の名産地がありますが、
南部風鈴もその一つ。
トーンの高い澄んだ音色は、金属ならではの音。
伊達藩御用の鋳物師だった江雲堂の松笠風鈴は、
安永の頃(1772~78年)に考案されたもの。

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               右の画は硝子師が風鈴を作っている光景。


よく言われる江戸風鈴は、あくまでブランド名ですが、
江戸では中期頃に長崎のビードロ師が製法を伝えました。
当初はまだまだビードロは高嶺の花。
お大名や豪商などが、楽しんでいただけでした。

江戸には「風鈴蕎麦」というのがおりました。
担いの夜蕎麦売りが、
それまでの、夜鷹蕎麦の不衛生だとの悪評を改善し、
荷の端に風鈴をくくりつけて売り歩き、
夜蕎麦売りの評判も、グンとよくなったそうですよ。


そして、幕末には、
ビードロなどの風鈴も、庶民の生活にもごく身近なものとなり、、
たくさんの風鈴を担いで歩く風鈴売りの姿は、
江戸の夏の風物詩ともなりました。



どこからか、風鈴の音が聞こえませんか・・・・・・・。
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by edo-ukiyo-doll | 2011-07-18 18:19 | 江戸歳時記 | Comments(0)