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お江戸花見ツアー 「小金井桜」


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さても、お江戸も桜(はな)の頃となりました。
桜の名所は数々あれど、まず第一は東叡山、
上野のお山でございましょう。
それから品川御殿山に、王子の飛鳥山はいうまでもなく、
墨堤の賑わいもいかばかりかと・・・。
でも、ちと見飽きた聞き飽きたとおっしゃる方へ、
小金井の桜堤などいかがでしょう。
東都からは7里半(30kmほど)もありますから、
ワンデイ・トリップはムリです。
1泊覚悟で、ではゆるりと出かけましょうか。


今でしたら電車ですぐですけれど、
お江戸では、まずは四谷から内藤新宿へ出ます。
(私だってこの程度なら歩けます。この道はよく歩きましたモン)。
そしたら淀橋(ヨドバシカメラ発祥の地。西新宿)をぬけ、
中野へ向かいます。
左に鍋屋横丁があり(よく飲みに行った)、
堀の内を過ぎます(だんだん私にはわからなくなってきた)。
それからとにかく光円寺むら(お、高円寺のことですな)をめざし、
右には阿佐ヶ谷神明の道があるそうな(ご存知の方、そう?)。
このむら(村)をず~~~っと過ぎていくと左へ別れ、
この道が小金井へ行くらしい。


さて、日も暮れるといけませんので、
早足になり(というより、一気にワープしま~す)、
はい、ここが小金井の桜並木です。

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この川は「玉川上水」。
そうです、お江戸の町に水を運ぶ玉川上水です。

この橋は小金井橋といいますが、
「この橋上より眺望すれば、雪と雲とまがひて、一目千里前後 尽くるを知らず」
だそうで、なんたって、
かつては一面のススキの原だったところが、
見事なまでの桜の名所に大変身を遂げたのですから。
ま、それまでには、何十年もかかってはいますが。

ご存知、玉川兄弟の飽くなき挑戦によって、
ついにこの地に上水が完成しますと、
今度は幕府の命を受け、川崎平右衛門定孝という人が、
武蔵野新田世話役となって、
新田開発の責をにないました。
すると平右衛門さんは、
新田の開発もさることながら、元文2年(1737)には、
小金井橋を中心に玉川上水の両岸6キロの間に、
2000本もの山桜を植えたのでした。


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単に美しい風景にしようというのではありません。
堤に桜が根を張り、頑強な堤防を作ってくれますし、
夏は木陰で人々が暑さをしのぐことができます。
また、この頃は桜に解毒作用があると思われていて、
花びらが上水に落ちて水を浄化すると考えたとか。
  (そういえば、かつおにあたって頭痛がひどくなったら、
    桜の木の皮をしゃぶる・・・・というのがありましたね)
そして、これほどの桜ですから近隣のみならず、
江戸からも花見客の足を向けさせる
・・・・その経済効果をも狙ったようです。


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やがて50年ほどたちますと、
小金井桜は多くの絵師によって描かれ、喧伝され、
文化文政の頃(1804~1830年)には、
関東随一の桜の名所として、名をはせてゆくのです。

もうその頃になりますと、
近隣の農家の人々は、花見時には自宅で貸し座敷や、
茶店の経営に乗り出して、
貴重な現金収入となったようです。
小金井橋のたもとにある「粕屋」は、江戸にまできこえた酒楼らしく、
この一帯は、料理茶屋や茶店がおびただしいほど並んでいます。


や~、いいだろうなあ。
文政の頃の小金井桜ツアーに行きたいですね。


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*注 「小金井桜ツアー」は、参加人員を募集しておりません。
このブログのコメント欄や、HPのメールからお申し込みになりませぬよう、
お願い申し上げます。
あくまで江戸の道ですし、
そもそも添乗員が方向音痴のため、はなから無理です。
あしからず
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by edo-ukiyo-doll | 2013-03-23 23:01 | 江戸歳時記 | Comments(0)