隅田川の屋形船 part1

明日は隅田川の花火大会。
毎年、テレビで中継されるので、もっぱら家でいながらにして花火を楽しんでいます。

この隅田川の花火大会は、戦争や隅田川の汚染など中断されましたが、
江戸時代、8代将軍吉宗の時から連綿と続くものです。
2009年7月に、このブログでご紹介しているので、のぞいていただければ幸いです。
http://edococo.exblog.jp/11550670
旧暦だった江戸時代には、
5月28日(今年なら7月2日にあたる)に「川開き」といって、
隅田川で花火を打ち上げたり、
両国橋のたもとの様々なお楽しみ所も、夜遅くまで営業できるシーズン。

川開きからは、夜ごと花火が打ち上げられ、
両国橋の畔はさまざまな小屋掛けの興行や飲食店などが深夜まで営業し、
隅田川には大小の「涼み船」がひしめきあって、凄まじいほどの賑わいです。

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小型の舟でも屋根の付いているのもあって、「屋根舟」とか「日除け舟」と呼ばれ、
一番多く使われます。
屋根に人が乗った大きな船は「屋形船」。

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屋根の上に人が乗っているのが見えますね?
この人々は操船の人たちで、大型の船では屋根の上から長い竿をさして、
船を動かしているのがわかります。
そこでこんな一句もあります。
「船頭の足音を聞くいい涼み」


この屋形船というのは「楼船」とも書きますが、
7~8間(12~15メートルくらい)の大きさが多く、
最大では11間(約20メートル)の物があったといわれています。
現代の隅田川の屋形船はだいだい16メートルくらいなので、大きさは想像できますね。


江戸時代に入ってすぐの頃には、まだ「ひらだ舟」と呼ばれる小さな平底舟を、
浅草川に浮かべて涼んでいたようですが、
これがたいそう大名たちの心を惹いたようです。
大名ともなると大勢の供の者がいますので、
どんどん大型化していきます。

ところが明暦の大火(1657年)で、江戸の町の半分も焼き尽くされ、
再建のために大型の船は運搬用に使われ、
しばらくは遊船も影を潜めていました。
それが、何年か経ち江戸の町も復興されると、
大名たちはまたぞろ大型船を復活させ、
それまでよりもぐんと大型になっていき、
ついには大きさに規制が出されました。



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鳥文斎栄之(ちょうぶんさいえいし)描くところの屋形船「兵庫丸」。



船には名前が付けられ、浮世絵にもたくさん描かれています。
「川一丸」「吉野丸」などが有名ですが、
「熊一丸」や「山一丸」などもあり、
座敷が9間(約16メートル)あり台所が1間(1,8メートル)あるので、
「九間一」……「くまいち」丸。
じゃあ「山一丸」は? 
座敷が8間、台所1間で「八間一」……「やまいち」丸!
こんなとこにも江戸っ子のダジャレ心が効いているんですね。



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広重の描いた「川一丸」











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by edo-ukiyo-doll | 2016-07-29 14:16 | 江戸歳時記 | Comments(0)

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