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カテゴリ:江戸の文様・江戸の色( 7 )

いずれあやめかかきつばた

どれもが美しく、甲乙つけがたい、という時に
「いずれあやめかかきつばた」
なんて言います。
「いずれがあやめかきつばた」
という場合もありますが、少し意味が違ってくるようです。

このあやめとかきつばた、違いがなかなか判りませんね。
あやめは乾いたところに育ち、花の芯の方が白くさらに黄色が入って、
その部分に濃い紫色の網目のような筋が入っています。

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これは我が家の庭のあやめ。


一方かきつばたは水辺や湿地帯に育ち、花の芯のところは白いだけで筋は入りません。


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有名な尾形光琳の「燕子花図屏風」。花の芯は確認されませんが、燕子花はかきつばたと読ませています



「菖蒲」と書けば「しょうぶ」ですが、「あやめ」とも読みます。
端午の節句にお風呂に入れる「しょうぶ」と「あやめ」は、
葉の形がそっくりですが全くの別物。
かきつばたは「杜若」や「燕子花」と書きますが、これらは漢名からとったもの。
しかし両方ともかきつばたとは異なった植物なので、誤ってネーミングしたのが現代でも使われているのでしょう。


さて、江戸時代には園芸が一気に花開き、それがあらゆる分野に広まって、
豊かな文化を作ることにもなりました。
あやめやかきつばたもまた、着物の文様にたくさん使われました。

江戸時代にはすでに植物としての「あやめ」と「かきつばた」の違いは
わかっていたのですが、
一般的にはその呼び名はあいまいだったようです。
ただ、水とともに描かれればそれは「かきつばた」です。

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上の二つは水辺に咲いているので、かきつばたですね。



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これはあやめなのか、かきつばたなのかわかりませんが、
「あやめ立涌(たてわく)」または「かきつばた立涌」という図柄。


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ぼかし染めに麻の葉文様、そこにあやめ(またはかきつばた)を散らした振袖。





下の画は背景に「菖蒲」と書かれていますが、
「あやめ」と読ませるのでしょう。
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江戸時代の役者(歌舞伎の役者)に、
芳澤あやめというとても人気のあった上方の女形がいましたし、
「杜若(とじゃく)」という俳号を持っていたのは、
岩井半四郎で、特に五代目は「杜若半四郎」とまで呼ばれ、
その人気ぶりは多くの浮世絵に描かれています。










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by edo-ukiyo-doll | 2016-05-11 17:15 | 江戸の文様・江戸の色 | Comments(0)

秋草文様あれこれ

やっと秋らしい空が見られるようになりました。
異常気象は、これからも続くのかもしれませんが、
それでも草花が、野山に季節を彩るのはうれしいことです。

四季のある日本では、古くから四季の花々が文様にも取り入れられてきました。
「春の七草」は食用とされることが主ですが、
「秋の七草」は観賞されることがメインです。

「萩の花 尾花 葛花 なでしこの花
        女郎花 また藤袴 あさがほの花」
 
    これは『万葉集』に収められた山上憶良の歌ですが、
    「秋の七草」の始まりがここにあるといわれます。
    萩、尾花(ススキ)、葛花(葛)、撫子(なでしこ)、
    女郎花(おみなえし)、藤袴、あさがお、
    この7種が秋の七草といわれています。



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「秋草の七草」を取り入れた振袖。





〈萩〉は梅雨のころに咲く「五月雨萩」もありますが、
猛暑もおさまった今、あちらこちらで赤紫の萩が、優雅な線を描いて花をつけています。
マメ科の多年草で、「鹿鳴草(しかなぐさ)」とか、「つきみぐさ」などとも呼ばれ、
秋の野の代表的な花。


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「萩」の振袖。


〈尾花〉はススキのことですし、
〈女郎花〉や〈撫子〉は
園芸種もあって、わりと目にできる
秋草ですね。
撫子は夏から開花しているので、
夏の花とされることもあります。



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歌舞伎『蘆屋道満大内鑑(あしやどうまんおおうちかがみ)』の
「葛の葉」の衣装に描かれた「尾花」。
「葛の花」ではないところがミソ?
右上は拡大図。





〈葛〉はちょうど今花が満開になっていますが、
根は葛粉や葛根湯として有名なわりには、文様としてはあまり見かけません。
〈藤袴〉は、『源氏物語』や古歌に登場します。
乾燥させると蘭あるいは桜餅のような芳香を放ち、
「蘭草」とか「香草」、あるいは「紫蘭」などとも呼ばれます。
現在は園芸種も多く出ていますが、本来の〈藤袴〉は、
準絶滅危惧種に指定されるほど、少なくなっているそうです。



さて、最後の〈あさがほ〉ですが、
万葉の頃の「あさがほ」は、「桔梗」のことを指すとも言われていますが、
「桔梗」だけではなく、「木槿(むくげ)」や「朝顔」のことを総称しており、
場合に応じて使い分けていたとも言われます。
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by edo-ukiyo-doll | 2013-09-26 00:47 | 江戸の文様・江戸の色 | Comments(0)

三升、見せます、團十郎

江戸のファッションをリードした歌舞伎とその役者たち。
名のある役者は衣装が自前でしたから、
評判を取るには、当然力を入れます。
そこから生まれた文様は、家紋と大きくかかわりを持っていたりします。


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 さて、市川團十郎の紋といえば「三升」。
 歌舞伎役者の紋には「定紋」と「替紋」とがあります。
 常紋はメインとなる家紋で、市川團十郎家は「三升」。
 一方、替紋はサブ的に使われますので、装飾的であったり、
 役者の好みなどが反映されています。

 團十郎の三升紋は、
 大・中・小の3つの正方形が、入れ子になったデザインです。
 この正方形が「升」または「枡」を表しているのですが、
 團十郎家がこの紋を用いたのには、
 いくつかの説があります。

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ひとつ目は、初代の團十郎が『鞘当』で、
不破伴左衛門という役をやったときに用いた衣装(右)の、
雲と稲妻文様の稲妻をアレンジした、という説。

二つ目は、こんなことです。
初代團十郎の父は武田の浪人で武家でしたが、
江戸は和泉町に住まい、「菰の重蔵」といい、
地元の有力者でもありました。
この父は唐犬十右衛門(有名な侠客です)と親交が深く、
息子が生まれたときには、十右衛門が「海老蔵」と名づけたとか。
その十右衛門が、團十郎の初演を祝って、
3個の枡が贈られたことから、という説。

そして三つ目は、初代團十郎が甲斐国出身で、
その地方では1升枡が大きく、通常の枡の3升分あって
「甲斐の大枡」ということに由来するという説です。

一番考えやすいのは、2番目の唐犬十右衛門の祝いの枡、
という説ですが、真実やいかに?


このシンプルな3つの正方形の定紋は、
時にアレンジされ、多様なデザインを生み出しました。


f0186852_7461546.jpg右は「六弥太格子」。
三升を互い違いに組み合わせたもの。
幕末に活躍した八代目団十郎が、
『一の谷武者絵土産』なかで、
岡部六弥太役で着用した裃に
この文様を遣いました。
現在もよく見かける、
とってもポピュラーな文様ですね
この画では描き方をまちがえていますが、
ご愛嬌。



f0186852_7473021.jpg「みます」はみますでも、
この襟には「三舛」と文字で
書かれています。
歌舞伎の衣装では、
襟にこのように屋号や、
紋の名前を入れているのも、
時折見かけます。



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牡丹の花の入った「蜀江つなぎ」ですが、
つなぎの四角が「三升」という、
一味違う蜀江になっていて、楽しいです。
(楽しいのは、私だけか?)
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by edo-ukiyo-doll | 2012-10-14 14:01 | 江戸の文様・江戸の色 | Comments(0)

成田屋発、瓢箪柄にこうもり柄

真夏の江戸は、今よりは涼しかったのですが、
まず家の構造が現代とは違います。
暑い夏を考えて作られていますから、
建具をよしずに替えますと、あとは外との戸障子を全開にしておけば、
風が家中を吹き抜けていきます。

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『江戸浮世人形』より「カニさん」

さてこの人形は、そんな夏の家での一こまです。
腹掛け姿の幼な子が
「カニさん、さわるぅ~」
とねだっている、のどかな午後のひとときです。

母親が着ているのは、ひょうたん文様の単衣で、蓮華文様の地に、
七宝や分銅、巻物などの宝尽くし入り破れ市松文様の帯を、
ゆったりとひとつ結びにしていかにも、
暑い盛りの家内でのくつろいだ感じが出ています。



きょうは、江戸時代後期に大ブレークした、
「瓢箪柄」と「こうもり柄」について、ちょっこし。


瓢箪をアレンジした文様は古くからありましたが、
文化・文政期(1804~29年)頃から、一気に新たなデザインとなって人気になりました。
同時にこうもり柄も一気に流行しました。
これは7世市川団十郎が考案し、舞台に用いたためです。
こうもりは蝙蝠という字がどちらも「福」という字に似ていることから、
成田屋好みの文様の一つともなりました。


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左の団扇絵は、お顔がいかにも成田屋さん!
 背景に牡丹もあるので、わかります。
 持っている本のタイトルからわかる方もおいででしょう。




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       あだな姿の辰巳芸者のこうもりのすそ模様。

       下に裾のこうもりを拡大しています。

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当時の歌舞伎役者は今でいう
「ファッション・リーダー」の一役を担っていました。
なぜなら当時の舞台の衣装は、ある程度のランクになりますとすべて役者の自前。
人気が出ればギャラもあがります。
そのために、衣装でも互いにしのぎを削り、それが世のブームを巻き起こしたのです。


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襦袢のかけ襟にも・・・・。



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                         前垂れにも・・・・。


江戸っ子は歌舞伎役者の着るものにも敏感に反応して、
生活の中にどんどん取り入れていきました。
着物はもとより、手ぬぐいや煙草入れ、財布などにも
ごひいきの好みの文様を誂えたりまでして、
好きな役者に近づきたかったり、自慢したかったり。
現代でも使いたくなる素敵なデザイン!










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by edo-ukiyo-doll | 2011-08-31 00:32 | 江戸の文様・江戸の色 | Comments(0)

「江戸紫」海苔ではなく、助六。

藤の美しさに心奪われるこの季節。
しばし、紫色の世界に浸りたくなります。


あかねさす紫野行き標野(しめの)行き
               野守は見ずや君が袖振る


これは『万葉集』に収められている額田王(ぬかだのおおきみ)の歌です。
輝くような紫草の野をあるいていますが、
あなたがわたくしを愛しんで袖を振るのを、
野の番人が見ていますよ。
というような意味。

この紫野というのが、紫草という紫の染料となる植物を栽培している野で、
「標野」ですから、一般人は立ち入り禁止になっています。
それくらい、紫草は貴重だったことがわかります。
この紫草の根を紫根といい、これから紫の染料を取りました。



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「江戸紫」


紫という色は、中国では禁色(きんじき)であり、
日本でも古代には、聖徳太子が定めたという、
冠位十二階の最高位の色とされました。
平安時代には高貴な色として、宮中で大いにもてはやされ、
「すべて、なにもなにも紫なるものは、めでたくこそあれ」
と清少納言が記していますし、
『源氏物語』では、作者がすでに「紫」式部。
藤壺、桐壺、紫の上など紫の色が名前になって登場するほどです。

鎌倉時代になりますと、武家が台頭し、
鎧などにも紫が使われるようになります。
太閤秀吉から南部信直が賜ったという、
辻が花桐矢襖文様胴服に、紫根染めが使われているそうです。



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「京紫」


そして江戸時代になりますと、
それまで紫の染めは京が一手にになっていたのに、
江戸でも染色されるようになりました。
もともと武蔵野には紫草がたくさん自生していたといいます。



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 さて、いよいよ我らが助六の登場です。
 黒羽二重の小袖の裏は鮮やかな紅絹(もみ)。
 着物の前をガバとあけ、そこから見えるは紅色の褌。
 そして、鉢巻。


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この鉢巻の色こそ、江戸っ子の心意気「江戸紫」なのです。
赤みがかった「京紫」に対し、青みがかった「江戸紫」、
と一般的には言われています。
また別の説では、江戸紫とは杜若(かきつばた)の色、
あるいは山葡萄の色・・・
というものもあり、山葡萄となると赤紫系になるので、
当時の人もはっきりとはしがたかったのかもしれません。


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「紫と男は江戸に限るなり」 って川柳がありますが、
それくらい江戸っ子は、
なにが京のみやこでぇ。
江戸っ子はなあ、
こうキリッとした紫でなくっちゃ、いけねぇんでぇ!
と言ったかどうかはわかりませんが、
青みの紫、
いかにも助六の頭にふさわしい、
粋な紫じゃあござんせんか。

(浮世絵の紫は褪色しやすく、さめているのが残念です)







*おことわり
 PCでは正確な色は出ませんので、ご了承ください。
 現在では「江戸紫」を色の配合で指定している場合もありますが、
 それらの根拠はわかりません。
 また、研究者によってもことなります。
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by edo-ukiyo-doll | 2010-05-11 20:09 | 江戸の文様・江戸の色 | Comments(0)

英泉の文様




浮世絵は、当時は絵として鑑賞したというよりは、
もっと身近なものでした。
江戸百景や五十三次などは、江戸の、旅のガイドブックでしたし、
美人画は今ならさしずめ、
アイドルの写真や、ファッション雑誌に当たります。



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吉原の遊女や、町芸者などを描いた美人画も、
買うのは男・・・・だけと思ったら、とんでもありません。
年増も娘たちも、
ファッションの参考や憧れで買い求めました。
中でも江戸末期に活躍した英泉は、
今でもうならせるほどのデザインで有名です。



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文化文政期以降の退廃美が、耽溺的とでも言うのでしょうか、
英泉は完全に当時の退廃美を支配しています。
確かに、風景画は当たりを取れず、広重に取って代わられましたが、
美人画、しかも顔よりもさらに彼の描く、
デザインする着物の柄は、一世を風靡しました。



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私が人形を作ろう! と思った理由のひとつには、
英泉の着物の文様の、圧倒的なすばらしさに、魂を奪われたからでした。
こんな美しい文様が江戸時代にデザインされていた!
カルチャー・ショックやね。
しかもそのデザインの、現代にはない斬新さ。夢中になりました。


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                                                                                                        英泉は、「櫻」と「蝶」が大好き。↑




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例えば当時流行した、こうもり柄やひょうたん柄を、
実にたくみにデザイン化して用いています。
こうもりやひょうたんなど、
模様にしたらおかしくないかと思うかもしれませんが、
そこがすぐれたデザイナーの手にかかると、う、うつくしい・・・。




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  ですから、
  お内儀も娘たちも、
  「英泉の,このひょうたん模様のと、
  ソックリに染めてね」
  などと、注文したりしました。

  こうもりやひょうたん文様は、
  歌舞伎の
  市川団十郎(成田屋)好みのもので、
  爆発的に人気になったものです。

  成田屋びいきには、
  たまらなかったでしょうね。
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by edo-ukiyo-doll | 2009-04-20 14:16 | 江戸の文様・江戸の色 | Comments(0)

ようこそ日本へ。うつくしい日本の赤のいろ。



どこかのキャッチフレーズを、はい、パクリました。
もし、外国からの観光客が、日本を訪れる理由を
「日本の赤色が見たいから」と答える人がいたとしたら、
思わず抱きしめてしまうかもしれません。
よほど日本に惚れこんだお方と、お見受けいたしますから。


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浮世絵を錦絵ともいい、
錦絵を初めは紅絵と呼んでいました。
浮世絵も最初はまだ色数が少なく、
紅色が主流でした。
でも後には紅絵は、
フルカラーの版画をさすことになります。
「紅」という言葉はそれほど、
日本の色の中では重要なのです。


右の浮世絵は、
鳥居清弘の「恋の深爪」
これも紅絵です。
経年による褪色が惜しまれますが、
もとはもっともっと
鮮やかな「紅色」だったのでしょうね。







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              右は広重の「江戸百景」
              空の赤が見事ですね。






日本の赤には、実にさまざまありますが、一般的に私たちが「赤」
と認識するのは、紅、茜、朱などですね。
「アカ」とは夜が明けることに由来した言葉です。
夜明けの朝日の色なのでしょうね。
紅は紅花を夏に収穫し、冬の寒さの中で染色しますと、
鮮やかな紅色に仕上がり、これを「寒の紅」と言います。
茜は茜草という、日本に古くからある植物の根からとります。
朱は辰砂(しんしゃ)、大雑把にいいますと鉱物になります。






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左は「ななかまど」






私が一番好きな赤は、
雪の中の赤。
つばきの濃いピンク。
南天の実の朱。
雪をかむった鳥居の赤。
雪の中の赤は、なにもなにもうつくしい。




春なら紅梅。
木瓜の花も赤くかわいいし、
桜の色も赤のうち。



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                   上はどこかのお宅のお正月飾りの祝い鯛の赤。


夏は夾竹桃のショッキングピンク。和名ならさしずめ「中紅」。
緑が濃い季節、このピンクが映えます。
百日紅の赤も鮮やかです。
でも夏の赤でとっても好きなのは、
たとえば瀬戸内海のどこかの島で、
海を背景にした小さな郵便局(もうそう言わないんですね)の横に、
ポツンと立ってる、円筒形のあのポスト。

秋はやっぱり紅葉でしょうね。
どこの紅葉が好きですか? やっぱり京都?
私はどこでも、好き! 近所の公園でもいい(笑)。


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上は東京・浅草寺の大提灯の赤。


   右は京都・祇園の料亭の軒先の提灯の赤。




で、あなたのお好きな赤はなんでしょうね?
 
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by edo-ukiyo-doll | 2008-10-07 17:59 | 江戸の文様・江戸の色 | Comments(0)