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四谷怪談。「かいだん」の町 


以前、四谷に住んでおりましてなぁ、
四谷といえば、文化放送・・・、
じゃなくて『四谷怪談』。

歌舞伎『東海道(あずまかいどう)四谷怪談』が、
『仮名手本忠臣蔵』の一環だってご存知の方が
案外多くはなくて、私も初めて知ったときには、
「どこがァ?」
と思いましたもの。
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国貞画
「田宮伊右衛門 片岡仁左衛門」
「滝山長兵衛 市川雷蔵」


お岩さんの父四谷左門(完璧、左門町のパクリです)は、
実は塩治藩士。つまり赤穂藩士ですね。
で、一方、岩殿の夫伊右衛門は、
実家から戻ってきた妻がいとわしくなっていました。
そんな時、梅という娘が伊右衛門と結婚したいと、
言い出します。
実は梅の祖父は、高師直(吉良上野介のこと)の家臣である伊藤喜兵衛。
ここで『四谷怪談』もまた、
赤穂VS吉良の図式になるというわけです。


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         国貞画                                                                                                  「お岩の亡霊 坂東彦三郎」


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 国貞画
「仏小兵二役 尾上菊五郎」


それはそうと、
私が住んでいたのは今はなき
文化放送のすぐそばで、驚いたことにこの一帯、
江戸時代とほとんど通りが変わってないんです。
ですから古地図、そうですね、
嘉永の尾張屋版が一番出てますでしょうか、
これなんかと現在の地図を比べてみると、
よくわかります。
みごとにそのまま。
それに気づいたときには、うれしかったですよ。
ちょうど、時代小説にのめりこんでいた頃でしたし、
古地図を持って近所をくまなく歩きました。



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現在の四ッ谷駅の脇を通って、
麹町から新宿までまっすぐ伸びる大通りは、
新宿通りと言いますが、
ここは江戸時代には雁木形だったのを、
直線に直しています。
それくらいなもので、新宿通りの南側は、
古地図で歩けるほどです。
          
文化放送があった場所は、江戸時代には武家地。
その前の通りを「天王横丁」といいましたが、
現在も「天王坂」という名前が残っています。
東福院、愛染院があって、天王坂をおりていくと、
江戸時代には「鮫ヶ橋」と呼ばれていた低地です。

『四谷怪談』で有名なお岩稲荷は、
田宮神社とはす向かいにあります。
天王坂を下って、今度は須賀神社への階段を上り、
グルリ右に大きく旋回すると、
ふたつのお岩さん関係の稲荷&神社に到着します。
けっこう四谷は上ったり下りたり。
たしかに、「かいだん」の町です。

そしてこの二つの稲荷&神社には、
深い因縁がありますが、そのお話はまたいつか。
それにしても、調べるほどにオモシロいのが
『四谷怪談』です。
お岩さんという人物は、実在の人でしたから。





*註 「東海道四谷怪談」は「とうかいどうよつやかいだん」と読むこともあります。









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by edo-ukiyo-doll | 2009-06-24 14:58 | 都市伝説 | Comments(0)

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