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威勢よく菖蒲打ち

やっと暖かなゴールデンウィークを迎えられそうですね。

さて5月は「端午の節句」ですが、
本来は旧暦なので、梅雨の頃に端午の節句は行われます。
五月晴れの空にこいのぼりが・・・
という「五月晴れ」も、現代の5月ではなく、
梅雨の合間の青空を指します。

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端午の節句は中国から伝わり、
宮中でも行事として取り入れられていましたし、
江戸時代になって、
武家も端午の節句に使う「菖蒲」が「尚武」につながるとして、
大いに好まれました。

そして庶民にも広がっていきますが、
武家のようには行きませんので、これをアレンジして
どんどん取り入れていきます。
そのひとつに「菖蒲打ち」という遊びがあります。

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菖蒲の長い葉を編んで、これを地面に打ち付け、
大きな音を出せた子が勝ち。
あるいはこれが切れた子は負け・・・
なんて遊びです。
この遊びは江戸時代に、それまで端午の節句には
「印地」という石投げがあったのですが、危険なことから禁止されてしまいます。


そこで生まれたのがこの菖蒲打ちでした。
皐月は「忌み月」ともいわれ、悪鬼がはびこる月なのです。
(この「忌み月」は説明が必要ですが、長くなるので、またの機会にいたしましょう)
そこで菖蒲打ちには、地面を打って邪気を追い出す・・・・
という意味があったのです。
今でもこの遊びが残っている土地もあるようです。



菖蒲がスーパーなどの店頭で見られます。
せめて菖蒲湯にでも入り、邪気を追い払うといたしましょうか。
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by edo-ukiyo-doll | 2010-04-30 13:27 | 江戸歳時記 | Comments(0)

タバコが入ってきた日



今でこそタバコの人体への影響が憂慮されていますが、
昔は、世界的にタバコは薬として、
その有効性が、大いに喧伝されたものです。
すでに6世紀マヤ文明では、
タバコの煙で農作物の収穫や、天候、事物の吉凶を占っていましたし、
病を治療する薬とされていました。



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15世紀に、タバコは南米からコロンブスによって、
ヨーロッパにもたらされたといわれています。
16世紀半ばには、フランス人大使のジャン・ニコなる人物が、
みずから栽培すると共に、
タバコがいかに頭痛や皮膚病に効果的かを、本にしました。
するとフランス王妃のカトリーヌ・ド・メディチの偏頭痛が、
タバコで治ったことから、ニコは一躍有名になり、
彼の名前をとってタバコの成分は「ニコチン」と、名づけられました。
タバコは完璧、薬(ハーブ)として用いられていたのですね。



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さて、タバコが日本に入ってきたのは、
1543年に種子島に
鉄砲と一緒に伝えられたとか、
1549年にフランシスコ・ザビエルと一緒に来た船乗りが、
吸っていたのが伝わったとか、
諸説ありますが、
初めてタバコを吸ってるとこを目撃した日本人は、
「南蛮人は腹の中で火をたく」
とビックリしたそうです。








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1601年にはポルトガル人の宣教師が、
徳川家康にタバコの種を献上しています。
「相思草」とか「返魂草」と呼ばれ、
ポルトガル人がキセルを持ち込んでからは、
京の町でまたたくまに流行していきました。


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当時ちょうど瘡毒が流行し、
タバコがこの病気に有効だと紹介されたため、
ブームの勢いに火が付いたのです。
あまりのブレイクぶりに、
幕府は1609年、「かぶき者」取締りのために、
タバコ禁止令も発令しましたが、
ちっとも守られず、
以後、幕府は
何度もタバコ禁止令を出しています。










江戸で、タバコがいかに好まれていたかは、
また後の機会に譲ることにいたしましょう。
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by edo-ukiyo-doll | 2010-04-24 18:06 | 江戸ぐらし | Comments(4)

椿に思いをよせて



ちかごろ、とみに椿を好もしく思うようになった。
いつもなら通り過ぎてしまう街路樹としての椿が、
突然目に入ってきたのだ。


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淡いピンクの柔らかな曲線、ほんのわずかな刺激でも
あとがついてしまいそうな繊細な花びら。
濃い緑の葉の群生の中に、はかない光のように
そっと咲いている。
何よりもあの柔肌のような花の肌感がたまらない。

山茶花のあとに、椿が今を盛りと次々と花開く。
山茶花と椿・・・・
区別がつけがたいが、
花びらがはらはらと落ちるのは山茶花、
花ごとぽたりと落ちるのが椿・・・
そんな風に教わったが、そうのようだ。




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椿は中国や日本が原産とか。
学名はカメリア・ジャポニカ・リンネ。
椿が登場する初めての書物は『日本書紀』。
万葉の頃には、
紫染の際に椿の灰が使われた。



安土桃山時代には茶の湯ブームに伴って、
「侘」「寂」の世界にイメージが適合したため、
茶花として好まれるようになった。
又長寿や吉祥を祈願して、寺社への寄進が多くなり、
今も寺社の周囲には椿が多いのだとか。
椿には霊力があると信じられていたらしい。


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          上は幕末に描かれた椿



江戸時代になると、2代将軍秀忠が、こよなく花を愛でた人で、
とりわけ椿を好み各地から取り寄せて、
吹き上げ花壇に植えさせて愛でたそうだ。
江戸時代にに描かれた絵巻『百椿図(ひゃくちんず)』は、
狩野山楽によるものとされるが、まあ、その美しいこと!




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          江戸の椿山は、多くの椿の花見客を呼んだ。



「椿は首が落ちるから武士は忌み嫌らう」
といわれるようになったのは、1789年の寛政の改革以降だ。
17~18世紀、江戸は椿の全盛で、
珍種の売買、投機が行われたが、
改革ではそれも弾圧を受け、幕府の尻馬に乗って、
流言飛語した輩が後を絶たなかったためと、物の本にある。



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広重描くところのぼらと椿。
どちらもこの季節のもの。




シーボルトはじめ、多くの外国人が、海外へ椿を持ち出した。
おかげで19世紀、ヨーロッパは椿の大ブレークとなる。
1848年、アレクサンドル・デュマは小説『椿姫』を書き、
その5年後にベルディーが歌劇につくり、
今も世界中で公演されることとなった。

冷たい雨が続いていた。
雨にぬれてそこだけが、やわらかな光を放つように、
淡いピンクの椿が、いとおしい。







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by edo-ukiyo-doll | 2010-04-19 10:10 | 江戸の園芸 | Comments(4)

お江戸の桜も満開

桜ははや満開ですのに、この寒さは何でしょう!
今年は、江戸の人々に勝手になり代わりまして、
お江戸の櫻(はな)自慢を、させていただきます(笑)

さあさ、みなさま、鏡に向かってちょっとお顔を上げ、
「ほら、お鼻見!」
・・・・
怒られないうちに、浮世絵です!




ではおなじみ歌川広重の「名所江戸百景」からです。



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「砂むら」とありますから、ここは現在の「砂町」です。
八幡様に続く土手、
浮島のような、なんとのどかな春でしょう。




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こちらは隅田川の「真崎稲荷」。
池波正太郎の『剣客商売』で、秋山大二郎の道場のある辺りです。           
小兵衛さんも、こんな風景の中で暮らしているのですね。





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さてこちらは、時代を少しさかのぼり、上は元禄の頃のお花見風景。
女性と思われるのは、歌舞伎の女形です。
額のところに紫帽子といわれる布を当て、月代を隠しています。
男は武家のようですが、吉原とはまた違った世界の雰囲気があります。
そうゆうこと!
でも、優雅でしょ?

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             お花見には、駕籠に乗って出かけます。
                      これは春信の世界。





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   お花見にちょっと飲みすぎました?
   ひさご(瓢箪)を肩に、小僧さんにお弁当や日傘を持たせ・・・。











上の画は、飛鳥山の花見風景。
江戸の「飛鳥山」は今も昔も王子にあって、今は飛鳥山公園になっています。
ここは8代暴れん坊将軍・吉宗が命じ、1,270本の桜が植えられ、
庶民が「どんちゃん騒ぎ」のできる花見空間になりました。
当時飛鳥山では、土器(かわらけ)を投げる遊びが、とっても人気がありました。
この画でも、土器を放っていますね?


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明治になって高崎線が開通し、この遊びはできなくなってしまったのですって。
飛鳥山のふもとには、数十件の茶店がひしめき、
特に櫻の頃の賑わいはすごかったそうですよ。





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上は「市谷八幡」…今もほとんどこんな感じ。













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輪になった松はなくなってしまいましたが、ここは上野のお山。






江戸のお花見、お楽しみいただけましたでしょうか?

さてさて、あなたのお花見は今年はいかがです?
もう楽しまれたでしょうか、それともこれからでしょうか?












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by edo-ukiyo-doll | 2010-04-05 17:20 | 江戸歳時記 | Comments(0)

江戸茶話会 in 岡山



諸事情により、岡山茶話会のご報告がすっかり遅くなりました。
それでもお読みいただければ、うれしゅうございます。





2月27日、朝9時、新幹線は東京駅を出た。
どれくらい振りの岡山だろうか・・・・。思わぬ早さで岡山に到着、
在来線に乗換え、開場となる倉敷に入った。

こうして「江戸茶話会」は一挙に山陽道へと飛んだ。





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倉敷駅前



その日の午後、宿となった「アイビースクエア」では、
チェックインの時間よりうんと早かったのに、部屋に案内してくれ、
前日送った宅配便を笑顔とともに、台車で運んでくれた。

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今回、岡山での茶話会にご尽力くださったRさまが、
さまざまに倉敷でのオススメを教えてくださって、
この「Ryokan Kurashiki」の「雛弁当」のかわいさ。

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小風呂敷にくるんで・・・・いいアイディアですね。



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二段重ねですぞ~。




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ほらほら、こんな中身だす!







夕方からR邸にお邪魔し、
長年、見たいと思っていた江戸時代の家屋の残るエリアにうかがった。
崩れかけた土壁。
立派なうだつ。






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見事なまでの「虫籠」窓。





失われていく文化に、胸が痛む・・・・・・。










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雨音を気にしながらも寝入った翌朝、
心地よく目覚め、カーテンを開けると晴れていた。
2月28日、いよいよ茶話会の日が来た。



会場となった「倉敷市芸文館」別館の和室は、二間続きの大広間。
ここに座卓を並べ、40人ほど入るようにした。


受付とお茶をお出しするのに、地元の方がお手伝いくださる。
なんとありがたいことだろうか・・・・。
ボランティアの方々のおかげで、茶話会は開催できている。

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「白酒売り・仁太」



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「歳暮の雪」




8点展示はちょっと欲張ったけれど、
岡山の方々に、とにかく実物の「江戸浮世人形」をごらんいただきたくて、
可能な限りたくさん展示する。

さていよいよ14:00。
Rさんのお知り合いの方々がどれくらいおいでになるかわからなかったが、
大広間が埋め尽くされている。





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「安宅の鮨」





今回のテーマは「江戸の四季は食にあり」にした。

現代でも行われている四季折々の行事の多くは、
江戸時代に出来上がったものが多く、そのときの飲食物とのかかわり、
お江戸で楽しまれた四季の食べ物のこと・・・・などなど。
お江戸の四季と食の雰囲気を、お伝えできれば・・・・。

江戸が「かつお」なら、倉敷では「さわら」。
「鰆」と書くくらいだ、今が旬で、刺身をいただけるらしい。
必ず開催地との何かしらの関連性を、少しでも持たせたい。


お正月に始まり、
節分や桃の節句、
江戸ときたら隅田川の川開きに、
花火見物の船に食べ物を売る「うろうろ舟」
・・・・・
などなど、
話は盛りだくさんだった。
多すぎてごめんなさい!




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「燗」



ご参加の方々からも江戸全般に関するご質問などあり、
東京でいては気づかなかった多くのことに気づかされた。

それに、会が終わってからも、参加された方々から昔話を聞くことができた。
長年、この地でお暮らしの方々の貴重なお話は、
うっとりするほどおもしろく貴重だった。
もっとお話がうかがいたく、今度は仕事抜きで、きっと再訪したいと思う。





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上の写真は美観地区にある「RYOKAN KURASHIKI」・・・・・
上の雛の弁当をいただいた建物。・・・・確か・・・・・。





こうして、2時間を何とか乗り切ることができた。
東京では常連さんがほとんどだが、岡山ははじめての方ばかり。
「江戸浮世人形」が何なのかももちろんご存知ではないし、
地域性も重視しなければならない。

遠慮深くていらっしゃるので、
座卓を離れて作品をご覧になるのをはばかられた方も多いらしいし、
ご質問やご感想をうかがう時間もたっぷり設けたつもりだったけれど、
「自分ひとりが時間を取っては申し訳ない」とおっしゃって、
後から電話でご質問くださった方もいらした。
こんなことも十分理解し、次回の各地での茶話会に反映させたいと思う。


ご尽力いただいたRさま、ご友人ご夫妻、手弁当で東京から助っ人に来てくださったKさん、
ご来場くださったみなみなさま、心より御礼申し上げます。
いつもの相方を勤めてくださったTさん、お疲れ様でした。






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その夜は素敵な月が、
「アイビースクエア」の中庭に上った。
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by edo-ukiyo-doll | 2010-04-02 17:58 | いろんなお知らせ | Comments(0)