<   2010年 05月 ( 3 )   > この月の画像一覧

かつお、たっぷり食っちゃる!

「目に青葉山ほととぎす初がつお」
のシーズンとなりました。
多分、質屋さんではカタとして、女房はお預かりしなかったと思いますが・・・。

さて、今年のかつお状況は、どんなものでしょうか?
かつおは黒潮に乗ってくる魚ですから、
その年の黒潮が、近づくかどうか・・・というのもあるそうです。


f0186852_1295753.jpg









江戸のかつおは、三浦沖からの押送り舟(おしょくりぶね)で
運ばれてくるのですが、
待ちきれなくて、沖まで舟を出して、
買いに行く者もあったとか。
その話はまた別のときに書きましょう。
きょうは、江戸のかつおの食べ方を。


f0186852_12102940.jpg


一般的には、たで酢で食したらしいんですね。
ところが押送り舟で早くに着いたかつおは、
たで酢では食さないと、かの宝井基角が書いています。
この舟は足が速かったので、かつおの鮮度はまだ良くて
酢で食べなくとも、だいじょうぶだったことを示しているのでしょう。
当時は一般的に、生魚をしょうゆではなく、
たで酢などで食していたのは、
現代のように鮮魚の安全性が高くはなかったため、
酢が使われたということのようです。
f0186852_8452773.jpg






ところで、かつおはどうやって召し上がる?
私は表面だけサっと焼いたのを、
ザクっと切って、
たまねぎ、茗荷、きゅうりなど、
酢と生姜をい~っぱい!
薬味、大好きなんで。
でも、つくりは和芥子だけでってのも好き。











[PR]
by edo-ukiyo-doll | 2010-05-19 12:13 | 江戸の食べ物 | Comments(0)

「江戸紫」海苔ではなく、助六。

藤の美しさに心奪われるこの季節。
しばし、紫色の世界に浸りたくなります。


あかねさす紫野行き標野(しめの)行き
               野守は見ずや君が袖振る


これは『万葉集』に収められている額田王(ぬかだのおおきみ)の歌です。
輝くような紫草の野をあるいていますが、
あなたがわたくしを愛しんで袖を振るのを、
野の番人が見ていますよ。
というような意味。

この紫野というのが、紫草という紫の染料となる植物を栽培している野で、
「標野」ですから、一般人は立ち入り禁止になっています。
それくらい、紫草は貴重だったことがわかります。
この紫草の根を紫根といい、これから紫の染料を取りました。



f0186852_1938408.jpg






「江戸紫」


紫という色は、中国では禁色(きんじき)であり、
日本でも古代には、聖徳太子が定めたという、
冠位十二階の最高位の色とされました。
平安時代には高貴な色として、宮中で大いにもてはやされ、
「すべて、なにもなにも紫なるものは、めでたくこそあれ」
と清少納言が記していますし、
『源氏物語』では、作者がすでに「紫」式部。
藤壺、桐壺、紫の上など紫の色が名前になって登場するほどです。

鎌倉時代になりますと、武家が台頭し、
鎧などにも紫が使われるようになります。
太閤秀吉から南部信直が賜ったという、
辻が花桐矢襖文様胴服に、紫根染めが使われているそうです。



f0186852_1948447.jpg



「京紫」


そして江戸時代になりますと、
それまで紫の染めは京が一手にになっていたのに、
江戸でも染色されるようになりました。
もともと武蔵野には紫草がたくさん自生していたといいます。



f0186852_2382898.jpg





 さて、いよいよ我らが助六の登場です。
 黒羽二重の小袖の裏は鮮やかな紅絹(もみ)。
 着物の前をガバとあけ、そこから見えるは紅色の褌。
 そして、鉢巻。


f0186852_231381.jpg


この鉢巻の色こそ、江戸っ子の心意気「江戸紫」なのです。
赤みがかった「京紫」に対し、青みがかった「江戸紫」、
と一般的には言われています。
また別の説では、江戸紫とは杜若(かきつばた)の色、
あるいは山葡萄の色・・・
というものもあり、山葡萄となると赤紫系になるので、
当時の人もはっきりとはしがたかったのかもしれません。


f0186852_237154.jpg



f0186852_230547.jpg



「紫と男は江戸に限るなり」 って川柳がありますが、
それくらい江戸っ子は、
なにが京のみやこでぇ。
江戸っ子はなあ、
こうキリッとした紫でなくっちゃ、いけねぇんでぇ!
と言ったかどうかはわかりませんが、
青みの紫、
いかにも助六の頭にふさわしい、
粋な紫じゃあござんせんか。

(浮世絵の紫は褪色しやすく、さめているのが残念です)







*おことわり
 PCでは正確な色は出ませんので、ご了承ください。
 現在では「江戸紫」を色の配合で指定している場合もありますが、
 それらの根拠はわかりません。
 また、研究者によってもことなります。
[PR]
by edo-ukiyo-doll | 2010-05-11 20:09 | 江戸の文様・江戸の色 | Comments(0)

藤の花


今年は天候が不順で、寒い春・・・と思っていたら、
もしかして藤? と、見えづらくなった目にも、
淡い紫の房が見えた。
ここ何日かの暖かさで、一気に花の色も濃くなったようだ。
ちょっと郊外で、すばらしい山藤も見た。


f0186852_10224731.jpg


今年新たに発見した藤棚。
駐車場の横で、誰も鑑賞しないらしいが、みごとに咲いている。



f0186852_10232660.jpg





恋しければ形見にせむとわが屋戸に
植えし藤波いま咲きにけり

とは山部赤人の歌。
風に揺れる長い花房を
「藤波」とよんだという。
平安時代には、
貴族の愛でる花のひとつで、
「藤見の宴」が
盛んに行われていたらしい。
『枕草子』では
「松にかかる藤の花」を、
めでたきものとしている。






f0186852_10254750.jpg

 
江戸の藤といえば、亀戸天神だ。
ただし、今の藤は昭和30年頃から植え始めたものだとか。
ここも東京の下町。
東京大空襲で、社殿も藤棚も、ことごとく焼失した。
今私たちが見ているのは、地元の人々が元通りに復興したものだ。
花房はもとは3尺くらいの長さがあったが、
もとの長さの半分くらいで、そこまでになるにはあと10年ほどかかるらしい。


f0186852_1329244.jpg


f0186852_13293536.jpg


f0186852_13302163.jpg







上は3枚つづりの浮世絵。
幕末頃の亀戸天神の藤見の様子。





歌舞伎の中で踊られる「藤娘」に使う大道具の藤は、
ビックリするくらい大きいが、
これは踊り手が小さく、華奢に見えるようにとの工夫。






f0186852_10262943.jpg

清長の描く亀戸天神の太鼓橋。
右手後ろに小僧さんが、こぼした蜆を拾っているが、
「業平蜆」は江戸名物の一で、亀戸天神内で売られているもの。





藤は日本各地に野生として生育する。
花はきれいだが、蔓は夏山に入ると実に厄介で、
それこそ鉈で断ち切りながら、進まなければならなくなる。

     よそに見て帰らむ人に藤の花
            這ひまつはれよ枝は折るとも

これは『古今和歌集』の僧正遍照の歌だが、
遠くから見るだけで私のとこによってかないって言うんなら、
藤の花の蔓よ、這いまつわってからめとっておくれ、
ポキンと折れちまったって、かまやしないわ。
かくのごとく藤の蔓は強く、女もまた強し。


f0186852_13224998.jpg






芭蕉ならこうひねる。

      草臥(くたぶ)れて 宿かる頃や 藤の花

なんと優雅な宿だろう、藤の花やどとは。



















[PR]
by edo-ukiyo-doll | 2010-05-09 10:45 | 江戸歳時記 | Comments(0)

「江戸浮世人形」人形師・岩下深雪の江戸はここにあり       ホームページ開設 http://edoukiyoningyo.edo-jidai.com


by edo-ukiyo-doll
プロフィールを見る
画像一覧