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夢見る看梅(うめみ)

『東都歳事記』をひもときますと、寺島村の梅屋敷や蒲田村は、立春より30日ころ、
それから少し遅れて 亀戸梅屋舗(やしき)の梅が咲くということが書かれています。
立春は2月4日(旧暦では正月13日)でしたから、今年はかなり遅く、
東京でもまだ見ごろのところもあるようです。
そこに乗じて(?)「桜前線・・・」などいうこの時季に、梅見のお話を。

「看梅」と書いて「うめみ」。
ちょっとチャイナの感じがまたいいですね! 
江戸ではいくつもの梅の名所がありますが、
亀戸の梅屋舗や蒲田(大森)の梅園は、人気の看梅スポット。


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「亀戸梅屋舗」は、亀戸天満宮から3丁(330メートルくらい)ほど東にある
「清香菴(せいきょうあん)喜右衛門」という人の庭で、
ここの「臥龍梅(がりょうばい)」と名づけられた梅の木はとても有名です。

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「枝はたれて地中にいりてまた地をはなれ、
いづれを幹ともさだめがたし」
というのですから、
まさに龍がうねうねと地に
臥している姿のようなのでしょう。
この古木は『眠狂四郎』でも
描かれていた記憶があります。





f0186852_2044249.jpgその香りは
「蘭奢香(らんじゃこう)をあざむき・・・」
ともありますから、
どれほどよい香りなのでしょう。
しかし明治になって、隅田川の大洪水のため、
この梅屋舗の梅の木は全て枯れ果て、
ぽつんと碑だけが置かれています。




下は蒲田の梅園の図。


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上の画を部分的に拡大しました。f0186852_224822100.jpg









この家の人でしょうか。
短冊など手に、何か書いているようです。



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猿回しも来たり・・・・・。



「蒲田の梅」は『江戸名所図会』にも取り上げられ、
「この地の民家は前庭後園ともことごとく梅樹をうえ、
五月の頃、その実をと採りて都下にひさぐ(売る)。
されば二月の花盛りには幽香を探り遊ぶ人少なからず」ともあります。

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広重の描いたこの梅園は、
山本忠左衛門という人が、
旅の常備薬として超有名な大森の「和中散」を、
店を3000坪の庭ごと買い取り、
それを受け継いだ弟の久三郎が、
幕末近くになって、
いよいよ見事な梅園に作り上げたのでした。
品川から1里半といいますから、
1day tripには最適だったのでしょう。

海が近いので、こんな歌を残しています。
「海士の子の袖もや匂ふ浦近き 梅かかまたの里の春風」



そういえば、東京には「青梅」という梅の名産地がありますが、
ここ3年ほどで、梅の木を1万本ほど伐採しなければならなくなったとか。
青梅も江戸時代の蒲田と同様、実を加工販売が目的で栽培しているのですが、
近年PPV(プラム・ポックス・ウィルス)に侵されて、
蔓延を防ぐには伐採しかなかったのだとか・・・。
これにやられると、実は成熟しても変形や不発育だったりで、
梅農家の被害は甚大のようです。
海外から来たウィルスで、アブラムシを媒介とし、
桃、ネクタリン、プルーン、杏、さくらんぼなどサクラ属に感染するので、
アブラムシにはご注意くださいね!















・・・
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by edo-ukiyo-doll | 2012-03-22 23:20 | 江戸歳時記 | Comments(0)

江戸名物の白魚

「白魚のような指」と言いますが、私自身は程遠く(笑)、
そんなたとえに用いられる「白魚」は今では遠い存在になりました。
それでも先日、神田の「藪蕎麦」で白魚蕎麦とあったので
注文したら、まだ少し先とのこと。

「白魚」は「しらうお」と読み、よく「しろうお」と混同されがちですが、
「白魚」はサケ目シラウオ科、「しろうお」は「素魚」と表記し、スズキ目ハゼ科です。
踊り食いで有名なのは「しろうお」のほうです!
水の中にあるときは透明で、あげると白くなり、成魚で10センチほど。


さて、江戸の名物のひとつがこの白魚で、
「月も朧に白魚のぉ 篝(かがり)もかすむ春の空・・・」
と歌舞伎『三人吉三』で、100両奪ったお嬢吉三がニンマリします。


白魚は汽水域にいる魚ですから、隅田川の河口や江戸湾の浅いところでとれます。
立春から始まる白魚漁ですが、弥生の頃には卵を持つので、味は落ちるようです。

家康とともに江戸にやってきた佃の漁師たちは、
白魚漁の特権をもらい、将軍家への白魚を献上します。
家康は白魚が大好きだったようで、桑名あたりから持ってきた白魚を
隅田川に放流したという説もあります。
家康の時代には白魚は「御止魚」で、庶民の口には入りませんでした。


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               佃の風景


時代が下がりますとその禁も解かれ、佃の漁師のほかにも特権をもらった漁師たちが
白魚漁をしますが、暗いうちに舟に篝火(かがりび)をたいて、魚をおびき寄せます。
そこを四手網(よつであみ)というもので、すくいとるのです。

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右手に四手網が見える。


「明ぼのやしら魚しろきこと一寸」
芭蕉の桑名での句ですが、
「明ぼの」は「年の明け」と「朝の明け」に掛けていて、
早朝の漁の景色が目の前に広がるようです。
芭蕉は漁であがったばかりの白魚を、見ているのかもしれません。







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by edo-ukiyo-doll | 2012-03-14 09:23 | 江戸の食べ物 | Comments(0)

おひな祭りの白酒

西洋のカレンダーにムリに合わせてしまった桃の節句。
今年はことさら寒いおひな祭りになってしまいましたね。
おひな祭り「桃の節句」は、弥生の3日、
現代ならば、3月下旬から4月の初旬に、行われるものですが、
七夕と同じように、ちょっと無理がありますね。

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          さて、桃の花の節句に
         欠かせないのが白酒です。
          昔々にはこの日は、
           桃の花を浸した酒
          「桃花酒(とうかしゅ)」を
          飲んでいたのですが、
            江戸時代にはもっぱら
        白酒が主流となりました。

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   左の画は歌舞伎の白酒売りで、
   手に持ったうちわに「山川白酒」とあります。




桃の節句の「白酒」と言えば、
関が原の戦いのころの創業と言われ、今も続く豊島屋が有名ですね。
江戸では、このころになると、豊島屋では白酒だけを量り売りするのですが、
未明から客が集まり、あまりの混雑振りに卒倒する者まで出るため、
薬や医者を用意していたほどだったそうです。

白酒は甘酒とは異なるもので、
甘酒が余り醗酵させず、ほとんどアルコールがないのに対し、
白酒は甘くてもアルコール度は高いそうですよ。



この頃になりますと、町にはカッコいい白酒売りがやってきました。

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この作品は「白酒売り仁太」
同時期に制作した「こはだ鮨売り・亀吉」が亀〇クンなら、
こっちは赤〇クンにしようと・・・・、それで仁太(熱烈ファンの方、ゴメンナサイネ!)。
ははは、ミーハーの権化です。

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広重の画と、別の絵師の画をミックスして作っています。
この作品の桶には「山川の白酒」と書いてあります。
白酒を「山川酒」とか「山川白酒」とも呼びます。
もとは京には白酒屋が多く、なかでもある店の「山川酒」と銘打った白酒が評判を取り、
江戸でも「山川酒」というのが定着したようです。
それが歌舞伎「助六」にも、白酒売りが登場したりで、
ますますカッコよさがうけたのでしょうね。

作品では、背にお七かけ(黒い大きな衿当てのようなもの)の女の子が、
酒器を手に、白酒売りを呼び止めますと、
ひょいと、笑顔で振り向く白酒売り仁太。
きゃ~、独立してもやっぱりカッコいいわ~(って、誰のこと言ってるの!?)








・・・
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by edo-ukiyo-doll | 2012-03-03 21:21 | 江戸歳時記 | Comments(0)

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