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江戸の町に響く餅つきの音

年の瀬も迫ってきましたが、
大掃除の13日頃から、江戸では餅つきが始まります。
ずいぶん早いと思われるかもしれませんけれど、
この頃から大晦日の夜があける頃まで、
江戸中で餅つきが行われます。


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武家や大店では、自分の家で餅をつきますが、
「引きずり餅」といって、町内の鳶や人足たちが5人くらいで1組になり、
注文のあった家の前で、餅をつきます。
杵の音高らかにもちをつかせるのは、ちょっとした自慢だったようです。
この人たちは餅つきに必要な道具、
かまど、せいろ、うすに杵、薪も持参して一式を用意し、
景気よくつくのを信条としました。
「千本杵」といって、数人の男が歌に合わせて、一気につき上げる
などというパフォーマンスもあったほど、派手だったようです。
これも江戸っ子の見栄でしょうね。
菓子屋に注文する「賃餅」は、格が低い家と思われて、
「引きずり餅」を頼む家が多かったそうですよ。
まあ、長屋はみんながまとめて頼んだり、賃餅だったでしょうね。

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つきあがった餅は、大根おろしのからみ餅にして、
まずみんなでいただきます!
それから、「配り餅」といって、
塩魚や干魚などとともに、知人や親戚に配ったりもします。

上の浮世絵は豊国が描いた
『甲子春黄金の若餅(きのえねはるこがねのわかもち)』。
この画の左手、ゴザの上に大量のもちが並んでいますが、
たくさん作るのは配るためでもあるのです。

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この画を基に作ったのが、この作品「もちつき」です。
(立っている人形の大きさは、13センチくらいです)

こうして、年神さまを迎える準備が着々と進んでいきます。
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by edo-ukiyo-doll | 2012-12-27 18:14 | 江戸歳時記 | Comments(0)

『仮名手本忠臣蔵』の世界

この時期になりますと、デジタル社会の今でさえ、
「赤穂浪士の討入り」の話を必ずどこかで目に耳にします。
私たちがその顛末を知っているのは、
真山青果が書いた『元禄忠臣蔵』が基盤となっているのでしょう。
これは史実に近いもので、2世市川左團次のために書かれ、
昭和9年に歌舞伎座で初上演されました。

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一方、ご存知歌舞伎の『仮名手本忠臣蔵』は、
史実からフィクションの世界へと、大きく跳んでいます。
江戸時代は「歌舞伎」とは言わず、一般的には「芝居」と呼んでいましたが、
常に新しいもの、人々の興味を引くものを上演しようという姿勢でしたので、
元禄15年師走の14日に起きた赤穂の浪士たちの吉良邸への討ち入りは、
当然のごとく芝居のモデルになりました。
しかしこの事件は反体制的とされ、
これももちろん幕府から禁止されてしまいます。


実際の事件から46年たって、
『仮名手本忠臣蔵』が大坂の竹本座、
これは人形浄瑠璃の小屋(劇場)ですが、
ここで初めて人形で上演され、
3ヵ月後には歌舞伎として公演されたのでした。
やっと浅野家の再興が認められてから、
堂々と舞台にも乗せられたというわけです。

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さてこの『仮名手本忠臣蔵』は、全部で11段からなりますが、
解禁されたとはいえまだ、
史実を描ける世の中ではありませんから、
『太平記』の世界を借りてきました。
『太平記』とは南北朝の混乱期を描いた、
長いなが~~~~い軍記物ですが、
江戸時代にはとってもポピュラーなお話なので、
すかさずその世界を借りて、わかりやすくエキサイティングにして、
これでもか~~~~! 
みたいに、見どころてんこもりにしたのです。


その内容とは・・・・・・・
独立を目指す足利尊氏を討つ新田義貞軍ですが、
足利軍の勝利で室町幕府が作られましたね?
元禄のお話が、室町時代までスリップします。
足利幕府のお話なのに、
なにもかもが、上演されている当時(寛延元年・1748年)の文化であり服装であり、
現代の私たちの観点からしたら、
「いくらなんでもヘンでしょ、それ!」と思いますが、
いいんです。
江戸の芝居、時代物はたんにお話や人物を「借りてきた」だけなのです。



話はこうです。
室町幕府の将軍・足利尊氏の弟君のまえで、
この兜が、新田義貞の兜か否かを確認するところから始まります。
その場に現れた顔世御前は、
塩治判官(赤穂は塩、それを統治する「判官」という役職らしい)の妻ですが、
彼女に横恋慕したのが高ノ師直。
史実で言えば、吉良上野介です。
当然、師直の恋は受け容れられず、
その腹いせに、饗応役の桃井若狭守と塩治判官をいびり出し、
桃井さんも判官さんも師直を斬ってやる! と激怒しますが、
実際に斬ってしまったのは、塩治判官でした。

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                                   高ノ師直⇒ 


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桃井若狭守







「仮名手本」で有名な「おかると勘平」は、
塩治家に使える身ですが、家中の恋はご法度ですから駆け落ちし、
やがて勘平は狩人になります(あずさ2号は忘れてね)。

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ある夜、勘平がイノシシと間違えて撃ってしまったのは一人の男。
そして、男の懐には50両。
勘平はこれをちょうだいして、
これで自分もあだ討ちに参加できると
家へ帰りますが・・・・。




勘平に撃たれてしまった男。
実はさっきおかるの父を殺して、
盗んだ50両を持っていた。
斧定九郎、実は塩治家の重臣・斧九太夫の息子



主君のために50両を調達したつもりが、
おかるの父を殺してしまったと思い込み、
勘平は切腹してしまいます。


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おかるは夫のために祇園に身売りし、これはその別れのシーン。


一方、塩治家では城も明け渡し、他の家臣たちからは、
あだ討ちを迫られる家老の大星由良之助。
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  これは有名な7段目、祇園一力の茶屋。
  由良之助は、敵討ちの心を隠し、
  祇園で放蕩三昧を続けます。
  妻からの密書を読む由良之助ですが、
  床下には敵方に寝返った九太夫、
  上の間にはおかる。
  ふたりに密書を読まれてしまいます。

  ここも話は複雑なので、えへへ・・・割愛。




f0186852_6511556.jpgまあ、話はこうして進んでいき、
10段目はこれも男の中の男、
討ち入りのための武器調達をした「天川屋義平」が、
捕り手に向かって「天川屋義平は男でござる」と名言を朗じます。


                            天川屋義平


そうやってラストの11段目はいよいよ討ち入りから、
引き上げの花水橋(両国橋のつもり)のシーンへとかわります。


『仮名手本忠臣蔵』は、「芝居の独参湯(どくじんとう)」ともいわれます。
独参湯とは、朝鮮人参を使った万病に効能ある特効薬のことで、
上演すれば必ず大当たりをとるので、こう言われています。
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by edo-ukiyo-doll | 2012-12-14 15:35 | 都市伝説 | Comments(0)

カステイラはどこからやって来た?

風邪で寝込んでおりましたら、ご近所の遊海ちゃんが、
「カステラ持ってきたぁ」
と、大皿に大きなカステラの切り身(?)を持ってきてくれました。
ついでに紅茶も入れてくれ、一緒にいただきました。

そう、そう、カステラも古いお菓子ですよね。
「カステイラ」と書くほうが、
いかにも南蛮菓子、長崎から伝わってきたという、
異国情緒たっぷり、という気がします。

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ヨーロッパが新航路、
新地発見に血道をあげた「大航海時代」(15~16世紀)に、
ポルトガルの宣教師が、
長崎にもたらした南蛮菓子の中のひとつなんですね。
日本は室町時代の終わり(1570年頃)で、
金平糖や有平糖、ぼうろなんかと一緒に、伝えられたのでした。
そのころから、あんなおいしいお菓子があったの!
などと、早まってはいけません。
一説には、7、80年もかかって、
長崎で、今のカステラに近いお菓子が、やっとできたのだとか。



f0186852_2031183.jpg  「カステイラ」という名前は、
  現在のスペインに当たる
  カスティーリア王国のパンからきたのだとか。
  大航海時代ですから、
  船に積むのに保存のきく食品ということで、
  スペインの「ビスコーチョ」
  というパンがもとになったとも、
  あるいはポルトガルの「パァン・デ・ロー」
  という、スポンジケーキのようなものだったのではないか
  といわれているようです。
  見た目では、「パァン・デ・ロー」の方が、
  現代のカステラに近いようです。


おそらくは宣教師たちが、自分たちが食べるために、
長崎で雇い入れた料理人たちに、それらの製法を伝え、
それが日本人の口に合うように、だんだんと現在のカステラ状のものに、
近づいていったのではないかと思われます。
京では、多くの南蛮菓子の中で、生き残ったというより、
現地のものとは違った、日本独自のお菓子として発達したのには、
粉、卵、砂糖だけで、乳製品を使わなくても作られた
(乳製品は入手困難)からだとか。
京の油小路三条の菓子屋「萬屋五衛門」では、引き札(広告)に、
わさびをつけて食べるもの・・・として宣伝していました。

これを、現代のカステラと同じもの・・・
と思い込んでしまった人も多いのですが、
なんぼなんでも、それはありまへんがな。
それは現代のカステラとはまったく異なったもの。
秋田では今も「豆腐かすてら」という食べ物がありますし、
わが故郷津軽でも、子どものころには「カステラ」と呼ばれはしますが、
むしろ蒲鉾に近い食べ物がありました。
この地方では、小麦粉も手に入りにくかったので、
大豆でできる豆腐で、カステイラに似たものを作ったのではないでしょうか?
それらは今でこそ甘いのですが、
最初は砂糖がつかえたとしても少量・・・。
あの味ならば、たしかに醤油やわさびをつけてもOK。


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京のわさびをつけて食べるカステイラは、おそらくそれのようなものだったと思われます。
秋田・津軽の昔ながらのカステラは、
結婚式のお膳や、祝い事に使われました。
すくなくとも、秋田の豆腐かすてらは、幕末にはあったと言われます。
今ではすごお~~~~く甘いものになっていますが、
「粉」でなく、豆腐で作るほどです。
その頃はまだ甘いものではなかったのでしょう。


・・・・・・ってことは、京のカステラが北前船で、
秋田や津軽にも伝播して行ったということなのですね。
北前船がもたらしたさまざまなものが、
現代でも各地に変化しつつも残っていて、
北前船のパワーを今さらながら感嘆するのです。



ところで、カステラの端っこ・・・・・・あそこが一番おいしいと思いません?


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by edo-ukiyo-doll | 2012-12-07 20:26 | 江戸の食べ物 | Comments(0)


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