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長屋の初鰹

食えば七十五日長生きできると、
江戸っ子は初物に情熱を傾けますが、
さて、初物の代表格の「鰹」。
文化文政(1804~1830年)の頃には「5両してもかまわない」とまで言われ、
(このころの1両は今なら10万円くらいなので、1尾50万円でも欲しい!?)
あまりのフィーバーぶりに、幕府から禁令が出て、いっとき止んでも、
将軍よりも誰よりも早く鰹を口にする意気込みはすさまじい。


江戸時代には、そんな初鰹狂乱期が
3度ほどありましたが、
金持ちのみならず、
鰹の出初めには「女房を質に入れても」などと、
長屋住まいのような男どもさえ、
目の色を変えます。



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その熱狂ぶりはどれほどかと言いますと。
「初鰹妻に聞かせる値ではなし」
とてもじゃないけれど、女房の耳に入ったら恐ろしいことになる値段ですし、
詰め寄られてその値を洩らそうものなら、
「初鰹女房に小一年言われ」
と当時の川柳にありますが、そんなこと当たり前。
「その値では袷があたらしく出来る」
というほどなんですから。
でも亭主がバカバカしいこの「初鰹」に支払ったお金があれば……、
と思うほどに腹が立って、腹が立って仕方ない女房です。
「意地づくで女房鰹をなめもせず」
と絶対に食べない。食べるどころか舐めもしない。
そんな女房はまだやさしいもので、
「女房の我意をあらはす煮た鰹」
あ“~~~~~、刺身でなければ意味のない初鰹を、
煮てしまったのは女房の断固たる意思表示です。

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  一般に青魚は足が早く、
  特に鰹は「鰹の生き腐れ」といって、
  鮮度の落ちるのが早い。
  冷蔵手段などない時代、
  時間が立てば手の届く値段になり、
  昼頃には朝値の半額くらいだったようで、
  長屋の男どもにも財布の負担は軽くなります。



ところが青魚は当たると怖い。
嘔吐や頭痛などに苦しんで、医者にかかる羽目になります。
「恥ずかしや医者に鰹の値が知れる」
見栄を張って命を落とす気か! とこってり医者に叱られることに。
こんな風に鰹に当たって具合悪くなるのを「鰹酔い」というそうで、
特に頭痛がひどくなるらしいです。
「鉢巻きにあやまつて居る鰹売」
というのは鰹酔いで頭痛になって鉢巻きしてるわけ。
また、薬といっても桜の皮を舐める程度しかないらしく、
「あす来たらぶてと桜の皮をなめ」
ってなもんで、長屋の男ども、亭主族は、鰹売りを手ぐすね引いて待ってます。


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『江戸浮世人形』より「初がつお」と鰹をさばく様子












桜の皮は本来は「桜皮(おうひ)」という漢方薬。
桜の皮の外側の固い部分を除去した内側の部分で、
「フラボノイド・サクラニン」という成分が含まれていて、
解毒、鎮咳、じんましん、食中毒での頭痛などに効果があるようです。
桜皮は本来は煎じて飲むのでしょうが、もしかして上の川柳は、
床の中でぷりぷり怒りながら、
「いてて…」とうめきつつ、桜の皮をベロベロ舐めてる、
男の姿を思い浮かべて、吹き出しそうになります。


鰹やサバなどの青魚はたとえ現代でも、冷蔵庫の過信は禁物。
桜の皮舐めても、難しいかも006.gif
お医者さんへ駆けつけましょう。











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by edo-ukiyo-doll | 2016-06-01 13:47 | 江戸の食べ物 | Comments(0)

走れ、はしれ! 初鰹

まさに、この時期が鰹の旬。
値段も手ごろになってきて、きょうは刺身かたたきで・・・、
カルパッチョもいいなあ、
などおいしいシーンが浮かんでしまいます。

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日本橋を渡る鰹売り



江戸は初物大好き、初物食わずに何のこの世かな、
みたいな風潮でしたので、
とくに鰹は「勝男」にも通じ、武家の都市江戸では大人気です。
また、「初物を食えば,七十五日長生きする」ともいわれますので、
正規に魚河岸に入るより先に、鰹を食すことが見得でもありました。
上方では鰹は人気はなく、この熱狂振りは、江戸独特のものでした。

ちなみに七十五日長生きをするというのは、
ある時、処刑場に向かう男に最後に所望するものを尋ねたところ、
季節ではないものを食べたいと言い、
そのため処刑が七十五日間、延期されたことにあやかっているのだとか。


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北斎の描いた神奈川沖のおしょくり船


さて、神奈川や房総沖で獲れた鰹は、「おしょくり船(押送船)」という、八丁艪(はっちょうろ)の、高速船で日本橋へと運ばれます。
鰹は足が早いので(早く悪くなりやすい。鰹は走りません)、獲ったら市場へ! がキメテ。
なかにはこの船を途中で待ち受け、「買った!」という人もいたとか・・・。
「初がつお むかでのやうな 船に乗り」
とは八丁の艪が百足の足のようで、その船で運ばれてくることをいっています。



将軍家の御膳に上るより先に口に入れる。
これが江戸っ子の心意気ってものだったようです。
もちろん、そのお値段たるや!
文化9年(1812年)の3月25日(新暦なら4月下旬)のこと。
日本橋に17本入荷した初鰹のうち、6本は将軍家に献上され、
残り11本の競で、1本が2両1分(20万円以上)となり、
あの八百善が3本買い、中村歌右衛門も1本買って、
下積みの役者たちにふるまったそうです。

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文政6年(1823年)の初鰹は、
3月15日に河岸に入荷しましたが、
やっぱり八百善が、
1本約30万円で落としたとか。
(正確には4両だったので、40万円くらい?!)
しかも2本も買ったそうです。
これは宣伝の為だったらしいのですが、
そう書いた太田蜀山人は、
自分は某家中の留守居役宅で、
3月10日に鰹をご馳走になったそうで、
いやはや、
世の中には上の上がいるのですねえ。



              こちらも日本橋を渡る鰹売りですが、空の様子でまだ早朝だとわかります。
           



魚屋は朝早くに日本橋で買って、鰹なら朝のうちに市中で売るのが信条です。
「丸の内 まだ薄暗き 初鰹」
丸の内は大名屋敷の立ち並ぶエリアです。
大名屋敷ともなれば、魚屋も決まっていて、
ほとんどは予約で、売り損なうこともないのでしょう。
それでも鮮度を下げまいと、鰹担いだ男は、走ります!


この初鰹ブームは天明・寛政年間(1781~1800)が最盛期で、
およそ40年間続きました。







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by edo-ukiyo-doll | 2012-05-25 18:43 | 江戸の食べ物 | Comments(0)