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お酉さまの「熊手」ワークショップ


以前からリクエストの多かった、お酉さまの「熊手」のワークショップをしました。
本来ならば、粘土も使うので、週1回、2回にわたってのワークショップですが、
遠方からのご参加なので、1回で終われないだろうかと・・・・。
そのためには、粘土を使うパーツや、その他手間のかかるパーツは、
こちらで用意することになりました。


さて、これは工房が生徒さんの見本として作った熊手。
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   10:00からの開始で、
   見本の熊手をバラバラにして、
   パーツづくりの作業を
   一通りできるようにしました。










必要なものは、
熊手・・・・・・市販の物
粘土のパーツ
  おかめさん
  俵
  丸松
  梅が枝と梅の花
厚紙のパーツ
  千両箱 2枚
  小判 5枚
  鯛 2枚
  蕪
  巾着
  打ち出の小づち
  サンゴ
  松・竹・梅

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これは熊手の構成と、作業のその手順。














俵にタコ糸を接着する作業から始まり、
彩色の前に下地材を塗ります。

ここですでにお昼時間。

午後はどんどん彩色していきます。
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鯛は赤色を塗り、白線を描くだけですが、絵の具の扱いが難しいと。
おかめさんは、それぞれの方の個性が表れ、
どの方のおかめさんもステキにできました。

最後に、稲穂をつけて、出来上がり!



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メインになるパーツの位置はありますが、
あとは自由な配置なので、自分だけの熊手に皆さんご満悦。

時間は予定を2時間オーバーしましたが、
来年もまた作りたいとのこと。
楽しんでいただけて、苦労も吹っ飛びました。

来年も楽しんで作りましょうね!







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by edo-ukiyo-doll | 2014-11-06 17:43 | ご報告など | Comments(0)

冬の楽しみ「酉の市」

 「酉の市(とりのいち)」は、「酉の町」とも呼ばれ、
11月の酉の日に行われる鷲(おおとり)神社の祭礼です。
江戸っ子には「お酉さま」と親しまれている、とてもにぎやかな行事。
一の酉、二の酉、年によっては三の酉までありますが、
三の酉まである年は火事が多いと言い伝えられています。

今年は一の酉が2日(水)、二の酉が14日(月)、三の酉が26日(土)。
江戸時代には鷲大明神といわれ、日本武尊を祀っていて開運の神さまとされています。
江戸では葛西花又村(現在の東京都足立区花畑)にある鷲大明神の氏子たちの収穫祭が、
酉の市の起源ですが、御府内(江戸市中)からは遠かったので、
次第に浅草田んぼ・吉原裏手の、新鳥越鷲神社への参詣が増えていきました。

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なので、上の広重の画のように、遊女の部屋からも、
酉の市への参詣人の往行がよく見えます。
この画の左下にはなじみの客が買ってきてくれたのか、
熊手のかんざしが数本置かれています。
中の1本におかめさんと松茸が飾りにあるのは、
吉原だというご愛嬌。

そのためこの日だけは吉原の裏門も開放され、一般の通行が許されるようになりましたので、
日ごろはめったに入れない人々も、遊女見たさに行きますし、
遊女の家族たちも、そっと会いに行くことができました。


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さて右の画では、男は熊手と八つ頭(芋の一種)を持ち、
左の女は粟餅(粟で作った餅)を下げています。

「熊手」は福や金をかき集めるために、
「八つ頭」は子だくさんとか、人の頭となるように、
「粟餅」は黄色いことからそれが黄金に通じるとされ、それぞれに縁起物のおみやげになります。
江戸では、酉の市の熊手は、遊女屋、茶屋、料理屋、船宿、芝居などにかかわる業種の人々が多く買い求めます。


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『江戸浮世人形』にも、「酉の市」があります。
熊手をかつぐのは商家の小僧さん。
お仕着せの縞の着物に紺の股引き、
背中には縁起物のお土産の入った風呂敷を背負っています。
お内儀はお召納戸色の地に、菊花紋散らしの表着。
外出のため着物を帯の下にたくしこみ、帯締めで押さえています。
手に持っているのは防寒用の頭巾ですが、
人手の多さに暑くなったのか脱いでしまったのですね。


ところで、三の酉まであるときは火事が多いといわれますが、
その理由ははっきりしていません。
亭主が酉の市にかこつけて吉原に行くのを、女房が阻むために、
火事が多いから家にいなよ・・・ということが広まっていったと言う説もあります。
さもありなん。
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by edo-ukiyo-doll | 2011-11-19 20:31 | 江戸歳時記 | Comments(0)