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「水辺の花菖蒲」


春先に、初夏のような暑い日があったのに、ここしばらくは冬のような寒さでした。
それでも、こちらではさまざまな種類の桜も終わりを見せ、
藤が美しい色に開き始めました。
杜若(かきつばた)も見ましたよ。
あっという間に、初夏の花が咲き出すのかもしれない、
異常な気候のこのごろです。
 

さて、端午の節句(本来は現代のカレンダーでいえば6月13日が端午の節句)もちかいので、
少し早めに菖蒲のお話です。

端午の節句に、菖蒲湯に入りますか?
菖蒲湯で使う「菖蒲と」、花のみごとな「花菖蒲」は別物です。
菖蒲湯に入れる葉の方は、サトイモ科で、
香りは強いのですが花は地味です。
一方、花を愛でる花菖蒲はアヤメ科で、
園芸的に改良によって作り出されたものなのです。

江戸時代末期、「菖翁」と称した松平定朝左金吾というお旗本が、
彼の父が収集した花菖蒲をもとに、長年にわたって自ら改良を重ね、
約200種までも増やしました。
 
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  東京の葛飾区に「堀切菖蒲園」という、
  花菖蒲専門の庭があります。
  ここは堀切の農家の伊左衛門という人が、
  相模の国から持ち帰ったものや、
  前述の菖翁から譲り受けたものを、
  これも長い間、研究と栽培を重ね、
  やがて一般に公開した場所が、
  この「堀切菖蒲園」です。
  敷地面積は当時より、
  だいぶ小さくなったようですが、
  以前行ったことがあって、
  花の頃には丹精された花菖蒲が、
  それはそれはみごとでしたよ。
  まあ、人が多いのは仕方ないとしても、
  花の美しさは格別。

  左は英山画

「堀切菖蒲園」は江戸時代最後に誕生した花の名所だそうで、
広大な花菖蒲園には、八ツ橋のように板で橋が架けられ、
趣のある風景は広重や豊国も描いていますね。




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そんな浮世絵の1枚をもとに作ったのが、この作品です。
初夏の水辺に咲く花菖蒲を眺める女二人。
日除けのために菅笠をかぶった女は、
曙色の井桁絣の単衣に前帯姿で、いかにも既婚者の装い。

しゃがんで手を伸ばしている若い女は、
黒地に白い霞文様の薄物の振り袖
なので、二人は母娘といったところでしょうか。

花菖蒲の向こうには、
五月雨萩(さみだれはぎ)が初夏の風に揺れています。
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by edo-ukiyo-doll | 2013-04-13 11:31 | 「江戸浮世人形」 | Comments(0)

威勢よく菖蒲打ち

やっと暖かなゴールデンウィークを迎えられそうですね。

さて5月は「端午の節句」ですが、
本来は旧暦なので、梅雨の頃に端午の節句は行われます。
五月晴れの空にこいのぼりが・・・
という「五月晴れ」も、現代の5月ではなく、
梅雨の合間の青空を指します。

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端午の節句は中国から伝わり、
宮中でも行事として取り入れられていましたし、
江戸時代になって、
武家も端午の節句に使う「菖蒲」が「尚武」につながるとして、
大いに好まれました。

そして庶民にも広がっていきますが、
武家のようには行きませんので、これをアレンジして
どんどん取り入れていきます。
そのひとつに「菖蒲打ち」という遊びがあります。

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菖蒲の長い葉を編んで、これを地面に打ち付け、
大きな音を出せた子が勝ち。
あるいはこれが切れた子は負け・・・
なんて遊びです。
この遊びは江戸時代に、それまで端午の節句には
「印地」という石投げがあったのですが、危険なことから禁止されてしまいます。


そこで生まれたのがこの菖蒲打ちでした。
皐月は「忌み月」ともいわれ、悪鬼がはびこる月なのです。
(この「忌み月」は説明が必要ですが、長くなるので、またの機会にいたしましょう)
そこで菖蒲打ちには、地面を打って邪気を追い出す・・・・
という意味があったのです。
今でもこの遊びが残っている土地もあるようです。



菖蒲がスーパーなどの店頭で見られます。
せめて菖蒲湯にでも入り、邪気を追い払うといたしましょうか。
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by edo-ukiyo-doll | 2010-04-30 13:27 | 江戸歳時記 | Comments(0)

「洗たく」


「洗たく」



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「菖蒲」の文字はすでに万葉集に登場しているが、
これを「あやめぐさ」と読んだ。
だがこれは現代の「アヤメ」ではなく「ショウブ」をさしているのでややこしい。

ショウブはサトイモ科、
アヤメ、ハナショウブ、カキツバタはアヤメ科で、
ハナショウブもアヤメから作られたという。
 
菖蒲は奈良時代に中国から渡来し、
長寿を象徴する意味をもつ植物とされていた。
現代でも端午の節句には、
軒端に菖蒲と蓬をさげたり、湯にいれたりするが、
これは邪気を払うものとして、
チベットから中国を経由して伝播したといわれている。

ところがカキツバタは「杜若」とか「燕子」花と書くが、
これは全くの当て字で、日本の固有種であるため、
信仰や風習とは無関係で、
ただひたすらのびやかに美しく咲いている。


さて作品は、喜多川歌麿の浮世絵をもとにした。

男物の下駄に腰をおろし、
洗たくするかたわらの桶に花菖蒲がみごとに咲いている。

薄柿色の格子縞の単衣に、
黒地の絣の前垂れをまわしかけている。
姉さんかぶりの手拭は鳴海絞り(なるみしぼり)の襞取り蜘蛛(ひだどりぐも)の柄で、
当時、大流行した。




*すべての作品、文章の無断転写、複写を禁じます。
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by edo-ukiyo-doll | 2009-05-12 18:38 | 「江戸浮世人形」 | Comments(0)

江戸に開いた花菖蒲



人形制作の片手間に、花菖蒲も作っています。
個展においでくださったお客様の間から、
何か記念に変えるものが欲しい・・・
というご要望にお答えすべく、
小さな鉢植えも作っています。
明治期のものと思われる資料を、
江戸時代に作られ今も残っている「堀切菖蒲園」にお住まいの方からちょうだいし、
それをもとに作っているものです。


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   いずれもサイズは、
   花菖蒲の部分が30ミリほどです。→
   これは「古花・仙川(こか・せんかわ)」


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←「古花・竜田川」
花器もすべて、浮世絵に実際に描かれているものを、
立体に再現しています。

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         「これは「かきつばた」
         花菖蒲とは異なります。




花菖蒲は自生するノハナショウブをもとに、
江戸時代の前期からすでに改良が始められていました。
時代が移ろい、幕末近く天保から弘化年間(1830~47年)ころには、
盛んに改良されるようになりました。


その改良に大きな貢献を果たしたのが、
旗本の松平定朝左金吾、のちに自らを松平菖翁と名乗った人物です。
菖翁は父の意志をついで、その生涯を花菖蒲の改良にかけました。
京都町奉行にまでなった人物ですから、けっこうなオエライさんだったわけです。
なんと84歳までご長命でいらしたようです。
その改良の状況記録が10冊ほど残されています。



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            「堀きり花菖蒲」 三代豊国・二代広重画
            当時、堀切菖蒲園は、こんなに広かったのですね!!






さて、花菖蒲は園芸上、
「江戸系」「伊勢系」「肥後系」と、大きく3つに分けられていますが、
これは江戸時代後期、改良が盛んに行われていたころに、
各地で改良が行われたものが、現代に引き継がれているものです。



「江戸系」は尾張藩主、徳川光友が江戸屋敷に各地の花菖蒲を栽培させたのが始まり。
庭や水田などに群植されるもので、
地植えで鑑賞しやすいように丈は高く、
群生して美しく見えるように花は中輪が多い。
また日興や風雨に強く、
花は色が鮮やかなものが多いというものです。



「伊勢系」は紀州藩主吉井定五郎が、
江戸花菖蒲を伊勢松坂に持ち込んだところから始まったとか。
鉢植えとして改良され、繊細で花振りは小さく、
色は淡く花弁はおおらかに垂れて女性的なのが特徴。
「肥後系」も鉢植えにして、室内で鑑賞するものとして改良されています。
こちらは男性的なのだとか。
というのも花容は雄大で花色は鮮やかで、丈が低く、
観賞用として競い合ったといわれます。


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まさに江戸時代、特に後期は園芸ブームに沸き、
投機的にも使われた植物は、
やがてバブル経済をもたらすことにもなりますが、
この話はまたの機会にお話いたしましょう。










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by edo-ukiyo-doll | 2009-05-02 18:26 | 江戸の園芸 | Comments(0)