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円朝の傑作ともいわれる怪談話。
新三郎は夜な夜な訪れる
お露という美しい娘に恋をするが、
お露はこの世のものではない。
それに気づいた近所の者が講ずる策もむなしく、
新三郎はやせ細っていく。
牡丹の花が描かれた灯籠を手にした
女中の米(よね)に導かれ、
「カランコロン」と下駄の音を立ててやってくるお露。
歌丸の「怪談牡丹灯籠」が好きで、
ライブで聞けたときには感激だった。
そしてコワイ。
米の手にする牡丹灯籠が、闇にボーっと浮かび上がる。
いつか自分で語ってみたいと思ったこともあった。
それほど魅力的な話である。
さて話がそれた。
江戸時代、こんなきれいな工芸品が、
日本中で作られていたことに驚き感動する。
この画は旧暦の盂蘭盆会の様子を描いたもの。

中央に切子灯籠が吊るしてある。
二月堂(机)の上には、三宝に載せたお神酒や、
「七夕・・・」と書かれた梶の葉(たぶん)が載っている。
捩じったものは糸だろうか。
七夕の夜に、供え物をし、琴を弾いている。
これからわかるのは、「七夕」は、
盂蘭盆会の行事の一部だったということ。
切子灯籠からも、いろんなことがわかってくる。
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「八朔」の「朔」とはnew moon、
新月を意味するので「月のはじめの日」。
なので「八朔」とは8月1日のことをさす。
この日は「八朔御祝儀」といって、
江戸城では諸侯が白帷子をまとって登城する。
神格化された家康公が入府された日だからである。
一方、新吉原の遊女たちも、
禿に至るまで白の小袖(着物のこと)を着て、
仲之町へでる。
それにはこんなわけがある。
元禄(1688~1704年)の頃、
江戸町一丁目にある巴屋源右衛門の高橋という太夫が、
7月末から熱の出る病にかかっていたが、
八朔の日になじみの客が、茶屋までお見舞いにきてくれた。
高橋大夫は病の床に臥せっていた白無垢のままで、
揚屋(茶屋)に出向いた。
それが風情ある姿だと、客たちの間で評判になった。
高橋はその後全快できた。
すると翌年の八朔の日、巴屋の遊女らは全員新しい白無垢姿で、
道中(遊女屋から揚屋までのパレード)した。
これを他の遊女屋の女たちが次々真似し、
大ブレークとなり、
ちょっと形を変えて幕末までも続いている。

というエピソードがあるが、
八朔に白無垢をまとう、というのは、
新吉原が大名はじめ
武家が客となっていたころには、
大いに受けたのだろうと思われる。
上は北斎の『東都勝景一覧 新吉原八朔』
右はその部分。
太夫格もその下の新造らしき遊女も、
柄なしの白無垢を着ている。
幕末には白無垢ではなく、
白地に文様入りの小袖になっているのも、
ごあいきょう。

上は国貞の
「江戸新吉原八朔白無垢乃図」だが、
遊女の仕掛け(打掛)は
純然たる白無垢ではなく、
右の太夫格には「松文」、
左の新造らしきの遊女には
いかにも八月、秋らしい「すすき文」。
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