かんぴょうはお好き? 

「かんぴょう」、「干瓢」と書きますね。
ご存知のように、かんぴょうは夕顔から作られますが、
夕顔の実は瓢(ふくべ、ひさご)といい、それを干したものだから、
干瓢と書きます。
ふくべやひさごは、夕顔やひょうたん、冬瓜(とうがん)の総称だそうで、
これってみんな夏に実がなるものですね。

f0186852_15343192.jpg



かんぴょう好きな人なんて
めったに聞きませんが、
私はなんとなく好きです。
以前テレビで干瓢の生産地から
・・・・・・という番組で、
夕顔の実を台に載せて、
しゅるしゅるしゅる~~~っと、
実を細長~くむいていく様子を見たら、
ああ、おいしそうだアと、
たまらなくなりました。
ヘンなヤツ?


かんぴょうは江戸時代にはすでに生産されていて、
東海道五十三次の五十番目の宿場町「水口(みなくち)」の名物でした。
水口は、現在の滋賀県甲賀郡水口町。
慶長年間に水口のお殿様、長束正家(ながつか・まさいえ)が作らせ、
江戸時代には一大産地となりました。
広重の『東海道五拾三次之内 水口 名物干瓢』にも描かれています。

f0186852_142522.jpg


f0186852_15324158.jpg













   

            夕顔の実を包丁で、細長く剥いている様子。


現在の干瓢生産一は、栃木県の下野(しもつけ)で、
なんと全国生産量の90%以上を占めているそうです。
正徳元年(1711年)に、水口のお殿様、
鳥居忠英(とりい・ただてる)が
下野の壬生に国替えになったとき、
種や栽培法を持ってきて広め、
かんぴょうは下野で
さらに改良を加えられていったのだそうです。
下野は保水性がありながら、
水はけのよい東ローム層なので、
夕顔栽培の適していたようです。
さらにこの地方では、夏に夕立が多く、
雷を「らいさま」と呼んで、恵みの雨としてきたそうです。
そんな風にテレビ番組で言ってましたっけ。


江戸時代には昆布や鰹節だけではなく、
特に精進料理などでは、かんぴょうは椎茸同様、
出汁が取れる代表格でしたし、
現代よりもっとたくさんの料理に使われていました。

夕顔といえば、『源氏物語』に登場するあの夕顔を思い出しますね。
夕方に咲く白い花は、朝にはしぼんでしまうがゆえに、
薄幸の女、夕顔と名付けられたのでしょう。

ちなみに夕顔の原産地は、北アフリカだそうで、
それが中国にわたり、日本に伝わって『源氏物語』に描かれ、
いまは海苔巻きになってると思うと、
かんぴょうは地球を旅したんだね~。





056.gif
by edo-ukiyo-doll | 2015-07-17 15:42 | 江戸の食べ物

「江戸浮世人形」人形師・岩下深雪の江戸はここにあり       ホームページ開設 http://edoukiyoningyo.edo-jidai.com


by edo-ukiyo-doll
プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る