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まくわうり


今年1月に開催された個展「江戸のちるど連」に出展した作品を、
ときどき、ご紹介していきますね。


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「まくわうり」


徳川家康も「暑邪を除くべき良薬」と推奨した「まくわうり」は、
夏の定番の水菓子(果物のこと)。
「真桑瓜」と書きます。
真桑村(美濃国。現・岐阜県本巣市)に産出し、
朝廷に献上したところ大そう喜ばれ、
時が下って織田信長がこれを大いに保護し、広めたのだとか。

縄文時代の遺跡からも、種が出土しているという昔からの食べ物です。
原産地はアフリカや中東で、
中国・朝鮮半島を経て、日本に入ったようです。

浮世絵などで夏の景には、
西瓜とともに描かれる、水菓子の代表的存在です。

もとにした浮世絵は歌麿の画。
時代的に母は凝った結い方に灯籠びんという大きな髪形で、
薄物の単衣を着ています。
子どものほうも周囲は剃り上げているのに、
頭頂は両輪にした毛先をさらにその上に載せて、ずいぶんおしゃれです。


  *緑色部分の文章は、展示用の解説文です。


この作品は、小物作りが大変でしたが、楽しかったです。
母の手のまくわうりは、皮が剥けている部分が難しいと思ったのですが、
案外うまくできたので、そんなときは鼻歌も出ます060.gif

髪形も、文化文政期以前なのに、歌麿の描く頭は凝っていて、
いったいどうやって結っているのだろう?
という結髪の分析から始めますが、苦労が多い分、
なるほど、こうなってるのか!
と解明できたときには、ニンマリします026.gif


以前、まくわうりのお話を書いたのですが、
それをごらんになった府中の昔のまくわうりを再興されている方から、
お問い合わせがあったり、
江戸時代に栽培されていた野菜・水菓子の復元?は、
ますます活発になってきたようで、うれしいですね!
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by edo-ukiyo-doll | 2012-06-08 09:32 | 「江戸浮世人形」

江戸の「ひゃっこい、ひゃっこい!」

残暑お見舞い申し上げます


今年の夏は異常な暑さ。
おまけに残暑も厳しく長くなるのだとか・・・。
くれぐれも、熱中症や夏バテにはご注意くださいね。

さて、江戸の夏とてあつかったのですけれど、これほどではありますまい。
電気のない時代、それはそれでさまざまな夏の工夫や、暮らしぶりがありました、

そのひとつ、江戸の夏の風物詩でもあるのが「冷や水売り」。
「ひゃっこい、ひゃっこい!」
という売り声とともに、
湧水などの清水を汲み、江戸市中を売り歩きます。


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  まだ冷却装置も、まして庶民の口には
  夏の氷など入らない時代、
  冷たい感じのする水は、炎天下での何よりのご馳走でした。
  (将軍家などは夏に氷を食べましたけれどね)


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でも、いかな清水でも炎天下を運べば、生ぬるくなります。
そこで水売りは、たいていは、
真鍮(しんちゅう)や錫(すず)などの金属の椀を用意し、
それに清水と共に、
白砂糖と、寒晒粉(白玉粉)の小さな団子(小さな白玉)
を入れて、お客に出します。

これらの金属は、熱伝導率が高いので、
触れた感触が冷たかったのでしょう。
一杯が四文ですが、砂糖をもっと足して!
と注文しますと、八文や十二文になります。


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『江戸浮世人形』より「団十郎の冷や水売り」
人形の高さは15センチくらいです。



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京・大坂にもあり「砂糖水売り」と呼んでいます。
こちらは、白玉なしで、白砂糖だけの砂糖水です。
この時代、黒砂糖は安かったのですけれど、
白砂糖は高級品ですから、その上品な甘さも、
冷たさとは別の「おいしい水」として、
夏のご馳走だったのでしょうね。



                                  (実際にはこんな子供の水売りはいません)    

でも、ぬるいのには変わりなく、
「ぬるま湯を 辻辻で売る 暑いこと」
な~んて川柳もあります。





*註 1文は20~25円です。時代や、研究者によって異なりますが、ま、だいたいそれくらいです
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by edo-ukiyo-doll | 2010-08-17 11:37 | 江戸歳時記

蚊帳、この不思議空間。


今年の盛夏は、一体何処へ・・・・と思うほどです。
でも、蚊だけはしっかり飛んでいます!
おやすみのときには、蚊取りマットなんか使いますが、
ちょっと昔は、蚊取り線香に蚊帳(かや)でした。

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蚊帳・・・
といってもご存じない方も多いでしょう。
『となりのトトロ』、ごらんになりました?
あのなかでサツキとメイが、
蚊帳の中から覗いているシーン、
があるというのですが、
私は覚えていないのです。
ようは、就寝時に
網目の大きな四角いものを、
部屋の四隅に端っこを吊り下げて、
お布団がくる部分を覆い、
蚊が侵入しないようにするものです。
これらの浮世絵をごらんくだされば、
ああ、これ! と思われるでしょう。



蚊帳の歴史は古く、天平時代に、唐から日本に伝わり、
高貴の身分の人々だけが使っていましたが、
次第に貴族に普及しました。
やがて時代は江戸時代に入りますと、
近江商人の西川甚五郎という人(ふとんの西川の2代目)が、
麻糸で織った蚊帳を、萌黄色に染め、紅布をつけた
「近江蚊帳」を発売し、爆発的に売れ、
以来、このデザインは今も蚊帳の
オーソドックスなものとして残っています。

蚊帳の中は、何か世界が違って見えたものでした。
くるまれてるような、守られているような・・・。
蚊帳に入るときは、蚊帳のすそを両手でつかんで軽く振って、
サッと入ります。

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上の浮世絵左は、朝になり、蚊帳をはずしたところ。
天井には虫かごをつるし、虫の音を聞きながら。
江戸時代には、耳からも涼感を得ていたのです。
ふとんがわりに、寝茣蓙(ねござ)を使っていますが、
これも涼しく眠るアイテムのひとつです。



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こちらの画は、「幌蚊帳」と呼ばれる据え置き型のもの。
枕屏風にかけられた子供のほうそうよけの赤い着物が、
母親の愛情を感じさせます。


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上は「蚊焼き」といって、蚊帳の中に入ってしまった蚊を、
紙燭(油をしみこませた点火用のこより)で、焼いているところ。
紙燭の先に注意。
ちゃんと蚊がいます!

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それにしても、
これらの浮世絵の網目のなんど細かなこと!
これが木版画とは思えないほどです。
蚊帳の網目を彫るのは、
彫り師の腕の見せどころだったでしょうね。
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by edo-ukiyo-doll | 2009-08-08 17:19 | 江戸歳時記

煙、もうもうの蚊やり。

日本の夏、緊張の夏(!)
恋の季節だけでなく、蚊の季節ですから。
「プ~~~~ン」「パチン!」
て、「どこぶってんだよ!」とケンカにもなります。

さて江戸は水の都だっただけに、蚊の都でもありました。
ブタの蚊やりに蚊取り線香をつけて・・・
残念ながら、蚊取り線香は江戸時代にはまだありません。
あれは明治20年頃、
アメリカから上山英一郎(大日本除虫菊の創立者)が、
除虫菊の種を仕入れ、栽培して初めて蚊取り線香ができたのでした。

では江戸時代には、どうやって蚊を退治していたのでしょう?
植物をいぶし、その煙やにおいで追い払うだけでした。
かやの木や、そのおが屑、ぬか、松葉、ヨモギ、杉、松の皮などを、
炭でひたすらいぶしますから、その煙いこと!
って、私は体験したわけではありません(笑)
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               でも右の浮世絵をごらんください。
               明和(1764~71年)期の蚊いぶしのシーン。
               まだ陶器の蚊やりではなく、
               火鉢でいぶしています。

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    こちらは、幕末に近い時代の蚊やり。
    煙がものすごい!
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            これもおなじ頃の浮世絵です。
            どんなに煙かったか、画からもわかりますね。


蚊やりは陶製で、お皿の上に松葉などをいぶし、
それにいくつも穴のあいた円筒形や、球体状の覆いをかけます。
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by edo-ukiyo-doll | 2009-08-06 23:37 | 江戸歳時記

江戸の夏の氷




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きのうは「大暑」・・・一番暑いころ・・・でしたけれど、
まるで梅雨の戻り。
夜には肌寒くさえありました。
去年の今頃は、大変な暑さでしたのに。


さて、7月22日は、旧暦の水無月、つまり6月1日でした。
大暑ですから、江戸も暑いことこの上ないわけで、
何とか涼しさを求め、舟遊びに、夕涼み・・・・
そんな庶民とはかけはなれた、将軍家の夏の行事に、
「氷」の献上があります。


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江戸時代、雪の多い加賀藩では犀川の上流と、
城内にも氷室を持っていました。
氷室というのは氷を保存する小屋で、右のイラストのようなもの。
なかには1月に、ぎっしりと雪が詰め込まれ、氷をキープします。

加賀藩では、毎年5月の末になりますと、
江戸に向かって早飛脚を立てます。
8人編成の人足たちが1組となって、随所で全員入れ替わり、
昼夜をかまわず走り続け、通常10日かかる行程を、
なんと半分の5日で走り抜けます。

これが将軍家に献上されるのが、6月1日。
江戸っ子たちはこぞって沿道に立ち、
長持ちに入れられた「お氷さま」からしたたる一滴でも浴びようと、
たいへんな騒ぎです。


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さて、江戸城に到着した氷は、
削られ砂糖水か何かをかけたものを、将軍家が食されたのでしょう。
ちょうど、平安時代の清少納言の『枕草子』に
「削り氷にあまづら入れて新しき金まりに入れたる」を
「あてなるもの」としています。
「あてなるもの」とは高貴なものくらいの意味でしょうか。
平安時代にすでにかき氷があったんですね!

夏の氷が初めて記録に登場するのは、『日本書紀』です。
夏のある日、奈良近郊で領主の氷室を見つけた皇子が、
その氷を天王に献上し、たいそう喜ばれたのだとか。
江戸時代も、天皇家への氷献上も続けられていました。

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では庶民は・・・といいますと、
夏の氷など目にすることもできませんので、
「旧年寒氷をもって製したる餅を食してこれに比らふ」と、
『東都歳時記』の6月1日の項に書かれています。
まあ、息災であるようにとの行事ですから。




ちなみに私は、
午後に苺みるくアイスをいただきました。
シャリシャリがたまりません!

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by edo-ukiyo-doll | 2009-07-24 12:31 | 江戸歳時記

夏の宵、ゆかたの艶

近年、また少しゆかたブームになって、
夏祭りや花火大会などは、ゆかた姿をよく見かけます。
着物が見直され、手始めにゆかたを・・・というのは、
着物に親しむには、とてもよい方法ですね。

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           右のゆかたは、
           「源氏香」と「小葵」の文様で、
           「浮線綾(ふせんりょう)」の帯が
           華やかですね。
           かんざしは猫に手毬。
           くわえ楊枝で、ちょっと伝法な女です。


本来、ゆかたはせいぜい、ホームウェアなので、外出着ではないのですけれど、
花火見物や、ちょっとしたおでかけには、ゆかたを着ていけます。
夏の湯上りに、シャキッと糊のきいたゆかたを着ますと、
祭囃子など聞こえ、宵宮に出かけてみたくなったりしますね。


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左は、江戸時代の末頃に流行した
鳥のシルエットを描いたもの。
現代の目で見ますと、
とても奇抜。
こんな柄が、とっても
流行しました。


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右は歌麿の描く、
引き札(広告)のためのゆかた。
「手綱染め」という、江戸時代中期に、
歌舞伎の衣装から、流行した柄です。





ゆかたは、平安時代頃に、当時の入浴は蒸し風呂でしたので、
高貴な方々の入浴の際には、
湯帷子(ゆかたびら)という
麻の単衣(1枚仕立ての着物)をまとって入りました。
これが江戸時代に入って、木綿が流通しますと、
木綿のゆかたが作られ、
湯上りの汗取りとして、湯屋に持っていくようになり、
さらに、湯上りに着るようになり、
それがいつしかホームウエアになりました。


f0186852_219317.jpgのゆかたは、孟宗竹の文様で、
縞模様のアレンジしたもの、と考えられます。
おなじ縦縞でも、こんな柄は、大胆なので、ほっそり見えますよ!
襟と袖口には、紅絹をつけました。


ゆかたが着られれば、着物はすぐに着られるようになります。
ゆかたではなく、単衣はちゃんとした着物ですから、
下着もそれなりにつけなければなりませんが、
ゆかたは麻のシャリ感のあるスリップ式にすると、
とても涼しく着られますよ。



男のゆかた姿も、いいですね!
ゆかたを着てるだけで、簡単に「粋」なんて言ってはいけません。
柄の選び方や、着こなしで、初めて、カッコよくなります。

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格子も、染でできるようになりますと、
格子のゆかたが多くなりました。


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舟遊びの客は、菊花入り鱗合わせ。
船頭は、こうもりの図柄に、
「蝙蝠」の文字を散らしています。
これも、芝居の文様で、団十郎家ゆかりのものです。
この絵は、役者絵ですね。




女性のゆかたは今は1万円程度で、かわいいのが買えたりします。
2,980円で、下駄と手提げの3点セットもみつけましたよ!
着物が着てみたいな~、なんて思っておいでの方も、
こんなところから始めてもじゅうぶんです。
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by edo-ukiyo-doll | 2009-07-13 15:21 | 江戸歳時記

「夕涼み」より 「辻占売り」と「枝豆売り」



お江戸の夏の宵は、なかなかに賑わしい。


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大きなちょうちんを下げた男は、辻占売り。
辻で占いをしていたところから「辻占」と呼ばれるようになったが、
辻占売りのスタイルもさまざまで、これは「かりんとう売り」の格好。
元は深川の「山口屋」といって、かりんとうを売る店の委託で、
かりんとうを売っていたのを、
次第にかりんとう売りから、辻占売りになっていったという。

また一説では、最初は辻占だけを売っていたのが、
いつしか、せんべいやかりんとうに、
札をつけて売るようになったというものだ。
夜に、大きなちょうちんを下げ、
「香ばしやかりんとう・・・恋の辻占・・・」
と歌い歩いたそうだ。





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   一方右の写真は「枝豆売り」。
   かの『守貞漫稿』に、
   夏の夜にこれを売る。
   特に貧しい層の人々の生業で、
   売り手は男女両方いるが、
   江戸では女子が多いとある。



時代が少し下ったころのものと思われるが、
「あわれさは 枝豆売りに 首二つ」
という句が残っている。
必ずといっていいほど、赤ん坊を背負っての仕事だったことをいっている。

京阪では「さやまめ」というが、
江戸では枝付きのまま売るので「枝豆」と呼ばれる。

辻占は年間を通してあったが、
枝豆売りは当然、夏だけの風物詩となる。






*註 すべての人形作品の、無断転写・複写を禁じます。
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by edo-ukiyo-doll | 2009-07-13 00:51 | 「江戸浮世人形」

夏にはまだ少し・・・八十八夜。

「八十八夜」・・・とはよく聞きますね?
そして、新茶を摘むのもこのころというのも、
ご存知ですよね?
それだけご存知でしたら、もう十分ご存知です。


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長火鉢で手にしているのは「新茶」


ではもちょっとだけ詳しく・・・。
八十八夜は、立春から数えて、88日目です。
立春は2月4日でしたので
・・・・・・・シコシコ(指を折る音)
数えました?
今年は5月2日になります。
八十八夜、節分、入梅、半夏生、土用・・・などを、
「雑節」といって、
中国から伝来した「二十四節季」以外の、
稲作中心の日本独自の
季節の移り変わりの目印のようなもの、
なのだそうです。

♪夏も近づく八十八夜~~♪
という歌をご存知でしょうか・・・?
この歌のタイトルは「八十八夜」ではなく「茶摘」。


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 左は、『東海道名所之内』の「宇治」(二代国貞画)。
 ♪茜だすきに菅の笠~~♪
 の歌のようなこの姿の女性たちは、
 「茶摘ツアー」に参加した人々。
 コスプレ時代ですから、まず衣装から!
 まさにこの歌の通り、立夏はもうすぐ。
 今年は5月5日が立夏です。

八十八夜の頃になりますと、
「八十八夜の別れ霜」などといい、
遅霜の心配もあまりなくなります。
大地がもっとも滋味をたたえるので、
このときに摘んだ新茶を飲むと、
不老不死、無病息災ともいわれます。
江戸時代には、将軍家に新茶を献上する
お茶壷道中が、宇治から江戸に向けて出発します。
このお茶壷道中が、宇治を出立するまでは、
新茶を他に出すことは禁じられていました。


さて、現代に立ち戻って・・・

GWに突入した、きょうの東京は暑かったです。
半袖も出し、ガラスの器も出し、すだれもだしました。
日傘やサンダルも、もう出したほうがいいでしょう。
さまざまなUVカット製品もね!

八十八夜はお茶摘だけでなく、
そろそろ夏の準備をしましょうという頃でもあるのです。
でもまだ梅雨寒もあるかも知れませんから、ご用心。










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by edo-ukiyo-doll | 2009-05-01 13:57 | 江戸歳時記